2016年7月1日金曜日

「リバイバル」な「センター」をお求めになる「神の言葉」を想像してみた

 読者の方から紹介していただいた動画がいろいろな意味で面白かった。
 ふと気づくこともあったので、それについて書いてみたい。

 その動画はこちら(10分近くあって長いので、お勧めしない)。

 べつにこの動画の教会がどうこうと言うつもりはない。こういう教会は沢山ある。いわゆる「次世代牧師」(と言ってもほとんど40代以降)がやってる聖霊派系の教会は、言うこともやることも、どこも似通っている。だから一つの教会だけ取り上げて突いても、あまり意味がない。

 それにしても、この手の教会はどこも、「リバイバル」な「センター」をつくるんだと言い出す。経緯や内容は教会によって様々だけれど、目指す「センター」の「ヴィジョン」は、どこもすごく似ている。全員で口裏を合わせているんじゃないかと疑いたくなるくらい似ている。

 で、あんまりにも同じなので、皮肉をこめてなんだけど、「もしかしたら神様が、彼らにこんなふうに語ったのかも」というのを考えてみた。
 題して、「『リバイバル』な『センター』をお求めになる『神の言葉』」
 さっそくどうぞ。

――――――――――
 あなたがたは「リバイバル」を標榜するセンターを作りなさい。
 一地域教会であっても、「センター」という名前を冠して日本中、世界中に「インパクト」を与える信仰を持っていなさい。
 センターは既存の建物であってはなりません。あなたがたに言っておく。それは必ず新築であり、モダンな建物でなければなりません。ガラス張りや吹き抜け、お洒落なラウンジなどのフリースペース、社会貢献をアピールするバリアフリーなど備えた建物であるようにしなさい。またあなたがたに言っておく。センターは教会らしさ、宗教っぽさを前面に出さないようにしなさい。むしろ教会を感じさせない雰囲気にし、未信者を安心させ、警戒を解くようにしなさい。

 センターにはカフェを併設しなさい。あなたがたに言っておく。それはカフェであって、喫茶店ではありません。モダンな造りにし、テーブルや椅子、ディスプレイ、小物に至るまでお洒落にこだわったものにしなさい。スターバックスカフェやエクセルシオールカフェから学びなさい。ただしレジは外部から見えないので、浅草合羽橋の中古品で十分である(読者はよく読み取るように)。
 あなたがたのカフェは健康志向であることを前面に出しなさい。無農薬や有機栽培、天然酵母、水素水などを用いてよくアピールしなさい。
 カフェの雰囲気もまた、教会らしさを出さないようにしなさい。BGMはワーシップソングでなく、一般的なゴスペルやクラシックにしなさい。そうして未信者に安心感を与え、伝道の基礎としなさい。

 あなたがたはセンター設立について内外によくアピールしなさい。しかし外部の協力は得にくいので、主に教会の信徒に集中しなさい。事あるごとに献金を呼びかけなさい。教会債を発行してお金を集めなさい。センターの設計図や見取り図、イメージ画像、紹介文をうまく使いなさい。センター設立の献金用口座を開設し、週報や会報、HPやポスターなどあらゆるスペースに掲載しなさい。

 センターのPR動画も制作しなさい。動画はBGMに感動的なワーシップソングを使いなさい。大宣教命令など、私の言葉をフェードイン・フェードアウトなど使って効果的に表示し、見る者が感動するように工夫しなさい。見よ、ヒルソング・オーストラリアの巨大ホールでのライブ映像。ああいうものを賢く用いなさい。ヒルソングには無許可で構いません。あなたがたの中で英語を使う者は多くはなく、海外との繋がりがある者も多くはないからです。
 そうやって献金を募りなさい。集まりが悪い場合は、生活費を全部ささげたやもめの話や、マラキ書を用いなさい。捧げれば祝福されると語りなさい。その祝福とは霊的なものを多分に含むので、信徒が実際に金銭的に祝福されなかったとしても案ずることはありません。

 またセンターでは様々な事業、活動を展開するとアピールしなさい。子供たちや片親たちの支援、障害者福祉、介護施設、外国人のサポート、海外からの宣教師や宣教団体の受け入れ、災害被害に対する支援活動など、社会貢献をアピールできる活動を、たくさん盛り込みなさい。そのための画像や動画をうまく利用しなさい。実際にできるかどうかは二の次です。あらゆる可能性を試しなさい。あなたはあれがうまくいくか、これがうまくいくか、知らないからです。水の上にパンを投げなさい。
――――――――――

 と、いうような「語りかけ」を聞いたなら、どの教会もどの牧師も口を揃えて「リバイバル」の「センター」を立てあげる! と言い出す理由もわかる。同じような構想のセンターで、同じようなカフェを作って、同じようなPRビデオを作って、同じような映像を使い回しているのも、納得できる。

 べつにどんなセンターを作ろうがどんな事業をやろうが自由なんだけど、どの「地域教会」も口を揃えて「うちがセンターだ」「うちから日本が変わる」と(教会内で)主張しているのはどうなのか。なんとなく、AKB総選挙でアイドルたちが1位(センター)を奪い合っている姿に似ている。

 それはつまり「リバイバル」の「センター」を作りたいからでなく、そうして皆の注目の中心(センター)に自分を置きたいだけじゃないかと、私は斜に構えて見ている。

 というわけでご紹介いただいた動画から、つらつらと書いてみた。
 あ、ちなみにこの「神の言葉」は私の捏造なので、くれぐれも感動して「アーメン」とか言わないで下さい(しないってw)。

18 件のコメント:

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  2. 新興宗教系プロテスタントの宗教団体の中では、今カフェ開業がマイブームみたいな感じになっているようです。どこもかしこもカフェカフェカフェ・・・・
    しかししょせん素人商売の域を脱していないような気がするのですが(笑)。普通ならとっくにつぶれているであろうカフェですが、信者の労働力を「奉仕」と称してただ働きさせているからこそ、なんとか存続できているのだろうなあと思います。

    こぎれいな建物を建ててカフェを開業したくらいで、異常なまでに調子に乗っていると思いませんか?ちょっとした実業家気取りになる聖職者の多いことといったら・・・。
    口を開けば「この教会こそが世界の中心」といわんばかり、「ここから世界に向けて発信していくんですう~」と毎週日曜日に説法していれば、信者たちが「うちの教会はすごい!」といってくれるのですから、これはもうやめられないでしょう。

    だいたい新興宗教系プロテスタントで「ヴィジョンが神から与えられました!」というと、これは要するに「自分が有名になるためのお金をみなさん出してください」と、献金をお願いしているのと同じことです。その証拠に、こういったヴィジョンはすべてお金のかかることばかりではありませんか。彼らの頭に思い浮かんでくるヴィジョン(それは決して神からのものではないと断言します)の中で、たとえば「バザーをやって収益をマザーテレサの施設に教会の名を出さずに寄付しよう」というものはほとんどありません。
    要するに自分の財布に金が入ってこないし、自分を有名にするためのアクトでない限りはだめなのだということなのです。新興宗教系プロテスタントの神はなぜか、特定の個人を富ませたり有名人にしたりするためだけに、特別なヴィジョンを与える神ということなのでしょう(笑)。

    やたら与えられたヴィジョンを現実化させようとする、新興宗教系プロテスタントの聖職者の精神年齢は、幼稚園児と同じなのです。子供がおままごとをやるときに「私がおかあさんをやるから、あなたは赤ちゃんの役をやってね~」というのとそっくりでしょう?
    主人公はあくまで自分。自分以外の人は主人公になることなどありえませんし、もちろん有名になってもいけません。
    これじゃまるで北朝鮮です。あの国でも金日成→金正日→金正雲以外は有名になる権利なんかないのですから。

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  3. 日本人ってやっぱり外国コンプレックスを持っているんだとつくづく思わされました。
    何故、日本的なBGMでは駄目なのか?映像も言葉遣いも何からなにまで欧米志向。
    日本人には合わないんですよ。

    しかし宗教を商売にする人達は、特にぼろ儲けをしたい欲望に駈られた牧師達は、どこも同じ様に金かねかねと金銭嗜好になるでしょうね。
    きっと彼らの神はそう言う、お金儲けの神に違いありません。
    実業家ですから。
    でも日本ではあんなのは夢のまた夢。悪いけど頭悪すぎ。

    殆どの国民は自分の生活が第一です。
    人にお金を寄附する余裕はありません。

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    1. 映像も言葉遣いも何からなにまで欧米志向----対比させてみると興味深いのがバチカンの映像です。

      クリスマスや復活祭の映像のBGMはクラッシックで、言葉遣いに至ってはラテン語ですので古代ローマ帝国か?といいたくなるほどです。
      しかしこれは不思議と日本人には合うような気がします。

      新興宗教系プロテスタントの映像は、わかりやすくいえば「献金のすすめ」であり、「○○したいからお金ちょーだい」ということで、バチカンの映像は、あくまで恒例の行事の様子をただ単に流しているだけであって、献金をすすめる意図はありませんし、教皇のメッセージももちろんお金集めに関するものではありません。

      バチカンの映像にあって新興宗教系プロテスタントの映像にはないもの、それは荘厳性ではないでしょうか。BGMも言葉遣いも欧米でありながら、荘厳性のあるものは日本人にあい、ないものは合わないということは、確実に言えると思います。
      日本人の宗教的感性からいっても、儀式のもたらす様式美と荘厳性はどうしても必要になってくるのではないでしょうか。

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  4. 耳が痛くなるお話でした。少し話はずれるかもしれませんが...。
    私はノンクリスチャンですが、昔ふと遊びに行った街の小さな教会のクリスマス礼拝は、こじんまりとしていてそれでいて牧師さんのお話がわかりやすくて、私の好きな古典的な讃美歌を皆で歌って、とても素敵な気持ちでした。

    しかし、あるキッカケで連れて行って貰ったア〇ローと言う集まりに行くと「これが最近流行りの歌なのよ!」と言われ、女性陣が手をあげて大声で歌ったり、踊ったり、床に頭をつけて祈ったり、ブツブツと何かを唱えたりしている人がいたり...。
    後で調べたらそれがワーシップソングと言うものでした。古典的な讃美歌が好きな私にとって、山も谷もないつまらないワーシップソングをおばさん達が叫びながら歌っている一時間はまさに拷問でした。
    (唱えていたのは異言?だったのでしょうか?)

    最近、縁あって動画の様な働き?を推奨している様な方とお話する機会もあるんですが、私の様なノンクリスチャンから見ると、本当にただの新興宗教にしか見えませんね...。

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    1. ワーシップ
      ゴスペル
      ロックコンサートのような雰囲気
      パイプオルガンではなくギターやドラム等を用いて賛美をする
      信者たちが手を挙げて賛美する(教会によっては頭の上で手をひらひらさせることもある)

      これは「初心者でも簡単に見分けられる新興宗教系プロテスタントの特徴」です。

      新興宗教系プロテスタントのイベントに一度行ってみたことがあります。素人のバンドがステージに立ち、客席の全員が頭の上に手をあげてワーシップを歌っていたのにはついていけませんでした。

      新興宗教系プロテスタントの信者で、おかしな人がいたのを思い出します。メビウスさんと同じで、宗教を信じているわけではないものの、古典的な讃美歌が好きでよく聞いている人に向かって、彼女は「CCMいいですね~。今はこれが一番はやっているんですよ~」といって、ワーシップのCDを売りつけようとしていたのです。
      メビウスさんのいうCCMはclassical christian music
      あちらのいうCCMはcontemporary christian music
      同じCCMでも全く違うものです。「あの人は何も知らないから売りつけちゃえ」となるのも、たぶん教会で「お前このCD売ってこい。○枚ノルマを達成しないと地獄に落ちるぞ!」とでもいわれていたのかもしれません。


      しかし新興宗教系プロテスタントの集会で、一時間もワーシップを叫んでいたおばさんが気になります。ずいぶん「 痛 い 」ですよね。様々な意味で(笑)。

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    2. 匿名さん、ありがとうございます。

      まさに「コンテンポラリーミュージック」だと紹介されました。が、その集まりに行く前に、とあるCDを聞かせて貰ったのですが、とても音が悪くて思わず「どうせ作るなら真面目に作ればいいのにね。ところでこれ何のCD?」と聞いたらそれがワーシップソングのCDでした(笑)
      とりあえず一通り聞いてみたし、その集まりにも行って真面目に聞いてみましたが、私には合わないですね。
      パイプオルガン好きなんですけどね。勿論、ギターやドラムも色んな音楽もジャンルは関係なく好きになった物は好きなんですけども
      ワーシップソングと、その集まりにいる方達とは宗教関係なく合わないなと感じましたね。

      ちなみにワーシップ一時間コースですが、そのおばさん達の中に一人だけ物凄く歌の上手いおばさまがいらっしゃいました。
      「むちゃくちゃ歌うめぇ!!むちゃくちゃ歌うめぇ!!」と思いながら、一時間真顔で耐えました。

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    3. メビウスさん
      やはりそう思いましたか・・私は長年その集会に出ていた者でしたが、途中から「何かおかしい」と思ってやめました。ただのおばちゃんが自分たちだけは特別な女性だと思いこみをしているようで、哀れととしか思えません。ただのサークル。自分たちに会わない人間は締め出します。秘密結社みたい。

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  5. 「リバイバル」と言うのは、欧米の様にキリスト教の歴史や伝統を持ち、地域に根付き、物の考え方や思想もキリスト教を中心に営まれている国で、信者が減ったり後継者が減ったりと、そういう状況から「あるきっかけ」で(例えば米国のビリーグラハム信仰復興運動。ロックフェラーのチェースマンハッタン銀行が資金を提供し、ニューヨークタイムズが宣伝をバックアップして世に出したと言う事実。ある意図をもってなされている)信者が爆発的に増えて行く事を言うのであって、日本の様に子供の真似事「教会ごっこ」をやっている様な国には当てはまらない、と言うよりその比較対象が根本から間違っているのであって、正しい使い方を言うならば「新規開拓」でしょう。
    何時までたってもお客さんが永遠に増えない(これからも勿論増えない)、不思議な国(それを彼らは偶像礼拝だの金銭崇拝だのと愚弄してはばからない)。
    それが我らが日本国です。
    必要ないから増えないのであって、欧米はまあ放っておいても良いでしょうけれど、朝鮮製のウリスト教は一刻も早く撤退する(させる)べきでしょう。

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    2. マリックさん、Simonさん
      横からすみません。ビリーグラハムの事なんですけれども、集まりの時に周りの方が口々に「グラハムは~グラハムは~。」と言っていました。
      グラハムと言う方の事を信じている?のか初心者の私にはサッパリわからなくて謎だったのですが、コメントで色々と勉強になります。

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    4. Simonさん。
      ありがとうございます。私は少し訳があって今キリスト教の色々な宗派の事を勉強しています。元がノンクリスチャンなので理解するまでに物凄く時間が掛かっていますが、聖霊派やペンテコステ派がちょっと...と言うのは、動画を見れば一発でした。
      色んな事が絡んでいるのですね。教会へは時々用があって行くだけで、基本的には通っていないので大丈夫です(笑)

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    5. Simonさん
      BGEAの本部(または他の地域)で働かれていたのですか?
      でしたら実情はお詳しいでしょうね。
      カネカネカネの世界です。
      日本の福音派は戦後、1960年代に初来日してから、すっかり虜になっていますよね。
      あのアメリカの歴代大統領と親交があり、アメリカの牧師だとか。プロテスタントの世界代表かの様な持上げ(崇拝対象)ぶりです。
      今の大教会?牧師連盟?等と言う所の牧師達も、こぞって崇拝しています。
      そもそも論で、国の成り立ちや背景が全く違うのと、やっぱりアメリカと言う国そのものを知らなさ過ぎです。そして宗教界の事さえも。

      宗教右翼の親玉なのに、イスラエルが正しくてアラブは出て行け。無理矢理大量破壊兵器でなぶり殺しにする事が「神の御心」。
      しかも所謂「異端」の教派の奴等とも平気でつるみ、堕胎OK、ホモ・レズOK。
      この事実を福音派の人に話しても「??」
      聞こえないんだか聞いてないんだか。
      呆れています。

      まあ単純に、良いか悪いかを別としてやっている事が、30~40年遅れているのが日本の教会。
      憧れと言うのか、戦後の日本が彼らの生活スタイルをテレビドラマで知って、文明に?ありつこうと躍起となり、怒濤のごとくに高度経済成長を成し遂げた。
      スタイルよろしく当初キリスト教ブームが起きたにも関わらず、 何時の間にか人が消え去って、残った人達は高齢化の後継者無しの状態。

      BGEAも今や息子フランクリンの時代。
      親父もトンでもでしたが、輪を掛けてトンでも野郎ですね。

      日本人が関わる必要は無いですよね。

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    7. リバイバルリバイバルと申しますが、日本では二十年に一度は必ずと言っていいほど、リバイバルが起こるではありませんか。
      それは式年遷宮です。普段よりも伊勢神宮の参拝客が増えるのは、誰もが認めることでしょう。日頃はあまり意識しない天照大神を、この時期はなんとなくみんなが心にとめて、伊勢に参拝したくなるのです。日々の生活に追われて、神の存在を意識することすら忘れてしまっている人々の心に、式年遷宮は神を思い起こさせるよいきっかけなのであります。
      江戸時代などは六十年に一度めぐってくる「おかげ参り」というものが大ブームだったとかで、日本人の六人に一人が伊勢神宮にお参りにいったといいます。奉公人が無断で仕事場から出てお参りに行ってもOKだったとかで、犬まで参拝にいったといわれていますので、六十年に一度のおかげ参りの年は、現代以上に大規模のリバイバルが起こっているのです。
      イエス・キリストでも天照大神でもいいではありませんか。どちらにせよ「神」であることには変わりはないのですから。(ちなみに伊勢神宮には偶像はありませんので、伊勢参りは偶像崇拝とはいえません)

      グラハム親子ですが、あの二代目息子は、子供時代をずっとアパラチアの山の中で過ごしたとか。あのあたりは毒蛇を持って舞い踊る礼拝をすることで有名な地方です。かなり不気味な新興宗教系プロテスタントに出会ったことが、彼に影響を与えていると思います。

      メビウスさんはキリスト教について勉強をしているそうですが、ローマ教皇の執行するミサが動画サイトに出ていますので、見るのをぜひお勧めします。最初は何がなんだかわからなくても、一年二年とみていくうちに、キリスト教というものはこういうものなのだなあとだんだんわかってきます。最近は東方教会と合同で行うミサもあり、東西雪解けという感じで見ていると本当に興味深いものがあります。今すぐエキュメニカルに向けて云々となるとは思いませんが、これから何かが変わっていくような気がしています。私たちはキリスト教の歴史における大きな転換期を目の当たりにしているのかもしれません。

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  6. 箱ものを作っても、それをきちんと運営できるか?近隣住民に理解が得られるか?職員にきちんと労務提供に対する賃金をだせるか?建物をきちんと管理できるか?リスクに対する対応はきちんとできるか?いろいろでてくるでしょう。

    神の働きだからもちろんボランティアで、たとえ事故があっても自己責任で!たとえ問題があっても牧師は責任を取らないなどと唱えるなら新興的なキリスト教会というところは人をこき使い、時に吐き捨て、命を大切にしないところと考えても仕方がないでしょう。

    キリストの言う本来の安らぎを得られない新興的な教会が多いのも事実ですよ。

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