「原罪」理論で罪悪感を植え付けられてしまう話

2019年9月3日火曜日

カルト問題

t f B! P L
「原罪」で思い出すのは、アダムの罪によって全人類に罪の性質が(DNA的に?)入った故、霊的に救われても肉体は罪を持ったままで、だからクリスチャンになっても罪を犯してしまうのだ、という話。

でも「親の罪によって子が裁かれてはならない」と矛盾するんでない? と聞いたら「それは神の神秘だ」で一蹴。

神と深く繋がっていて、絶えず神に語られているんだ、と豪語する人がいたけれど、気になった点を聞くと「そこは神の神秘だ」とか「頭で理解するのでなく信仰で理解しないとダメだ」とか言われる。そんなもんかと思ったけれど、今思うと適当なことを言って煙に巻いていたのでは、という疑念が拭えない。

「信仰で理解する」って、要はガタガタ言わないで黙って信じろって話だよね。
「かたくなはいけない」「反抗的だと地獄行き」という脅しで信徒を服従させるのはキリスト教でなくキリスト教カルト。みんな気をつけよう。

聖書的な「原罪」の有無はよくわからないけれど、根本的な罪悪感? みたいなものは誰もが持っていると思う。カルトはそこを利用して「お前は悪い」「罪がある」「教祖の言うことを聞かないとますます悪くなる」などと言う。黙って言うこと聞いてると、抜け出せなくなるよ。

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