2012年12月9日日曜日

iPad 第4世代 Part.3

iPad Retina Display を使い始めて1ヶ月が経つ。
現時点でのレビューを少し。

■iPhoneとは違うライフスタイル。
iPhoneは隙間時間や移動中、マックでの軽食時や仕事の休憩中など、「ちょっとした時間」に使うのに適している。それに対してiPadは、座ってじっくり取り組むのに適している。
iPadは同じアプリ、同じゲームを「別物」にする。特にグラフィックに凝ったゲームなどは、iPadでプレイしてしまうと、もうiPhoneでやろうとは思えなくなる。現に私は、ユニバーサルアプリはiPhoneから削除してしまっている。
文章入力も大きな違いがある。iPhoneでの長文入力も可能だが、iPadのそれと比べると、かなりストレスフルになる。

■どこで使うか。
iPhoneはどこででも使えるが、iPadは場所を選ぶ、と私は思っている。
時々、電車内でiPadを使っている人を見かけるが、重そうでカッコよく見えない。座っていても同様である。たかだか数分しか乗らない狭い座席とiPadに、どうもギャップを感じてしまう。
iPadを使うなら新幹線とか、グリーン車とか、ゆったりした座席に長時間座る時にしたいと思う。
もちろん広げた新聞みたいに邪魔になるものではないので、個人の好みだとは思うが。

■Retinaの美しさ。
他のタブレットを使い込んでいるわけではないが、今まで使ってきたパソコンと比べてみても、Retina Display の精細さと見やすさは特筆されるべきだと思う。
iPadを使うようになってから、iPhone4Sも見苦しく感じるようになった。
これは単に「見やすい」というレベルの話ではなく、iPadの使用感に大きく影響している。目の前にiPhoneとiPadの両方があったら、特にiPhoneでなければできないという作業でなければ、私は間違いなくiPadを手にするだろう。

■文字入力。
iPadのソフトウェアキーボードは、初見では打ち辛そうだった。確かに指先の感覚だけでは打てない。しかし一般的なキーボードと同じサイズで、キー配列も一緒である。ある程度視認しながらなら、タッチタイピングの要領で問題なく打てる。
私も何度かメールを打つ内に、慣れてきた。今では初めにホームポジションを確認すれば、ほとんど見ないで打てるようになった。
実はiPadの購入を見据えて、先にBluetoothのワイヤレス・キーボードを購入しておいた。iPhoneでも使えて、大変重宝している。iPhoneで長文を打とうと思ったら迷わず使うアイテムである。これをiPadでも使おうと思っていた。が、初めのうち少し使っただけで、今はソフトウェアキーボードしか使っていない。

■持ち運び方
これは非常に迷う。まだ迷っている。裸で持ち歩くのは論外だが、それも含めて、いくつか選択肢があるだろう。
・カバーをつける(常時付けっぱなしになる)。
・ケースに入れる(使う時に引っ張り出して、裸で使う)。
・カバンに入れる(やはり裸で使うか、カバーを付けるか)。
・裸で持ち歩く。

カバーは大量の種類が販売されている。先日、秋葉原のヨドバシカメラに見に行ったが、全部見るのに1時間くらいかかったと思う。
が、それだけ見ての結論は、次の通りである。

iPadのアルミ材質を殺してしまう。

カバーを付けた時点で、それは"iPad"でなく「タブレット」になる。群雄割拠するタブレットの中の何か、という認識しかされなくなる。もちろんそれがiPadであることは変わらないし、使用者が満足していればいい話である。
しかし私はカバーは付けたくないと思った。
iPadを裸で持ったときの、あのアルミのひんやりした感触と、重さ。
まさにiPadユーザーの特権ではないだろうか。

2012年12月6日木曜日

The Divide

邦題「ディヴァイド」(2012年)

舞台はニューヨーク。核戦争後の終末的世界。地下シェルターで難を逃れた9名の、絶望的な日々を描く。
と書くと、とっても期待できそうである。確かに、この映画を簡単に紹介しようとしたら、上記のような文章になるだろう。予告編もそのような作りになっている。
しかし実際は、「監禁された人間たちが陥る狂気」を描いている。
核戦争とか地下シェルターとかは偶有性であり、絶対条件ではない。本質は狂気による人間性の崩壊にある。
しかし、偶有性の方が目を引くので、観た人からすると「だまされた」と感じると思う。

■あらすじ
それでも、前半は良い。
核攻撃の最中から映画が始まり、人々はパニクりながら逃げる。地下室に何人かが逃げ込み、重い扉が閉じられる。
地下室はシェルター的な機能があり、しばらくは生きられそう。しかし安心する間もなく、武装した防護服の連中が入ってくる。そして唯一の子どもを連れ去っていく。まったく訳がわからない。それでも管理人たち男性陣が反撃し、何人かを殺害。
今度は外の様子を確認するため、奪った防護服を着て外に出る……。

まさに核戦争後の黙示録的な世界が展開していきそうで期待させられる。しかし、盛り上がるのは以上である。
あとは前述した「監禁され狂っていく」くだりが長々と続く。
私はこのあたりから早送りで観たが、筋を掴むのは問題なかった。核戦争とか全然関係ない世界である。

逆にこういう心理モノが好きな人には良いかもしれない。
理性派と思われていた人物が狂気に走ったり、偏屈でとっつきにくい人物が最後までマトモだったりと、なかなかリアルではないかと思う。

■主人公の心理
興味深いところを強いて挙げるなら、主人公の心理を読むことであった。
冒頭、主人公は攻撃を受ける街を眺めている。
あくまで「眺めている」のだ。その表情には驚きとか、恐怖とかが見られない。茫然自失でもない。何が起こっているのか把握したうえで、ただ眺めているだけだ。逃げようともしない。
このワンシーンから、主人公が普通でない、謎めいた存在に感じられる。
その後の閉鎖環境ではほとんど発言がなく、目立たない。
武装者たちから逃げるなど、一応生存本能があるのはわかったが。

子どもを除く生存者たち8名は、理性派と逸脱派に分かれてく。主人公は理性派に属するように見えるが、私には、どちらでもないように思えた。言動や行動は良心的だが、誰かを信頼しているわけではない。何か影というか、秘めたものがある。
だから主人公に共感し、応援することもできない。
この映画の面白さはそこにあるのかもしれない。つまり観客として、登場人物の誰を信用していいのかわからず、ずっと不安なまま観なければならないのだ。

最後の最後は一応の盛り上がりを見せる。
ネタバレになるが、主人公は逸脱派も理性派も全員見捨ててシェルターを脱出する。
防護服を着こみ、廃墟と化した灰色の世界を一人歩く。
このへんのビジュアルはとても良い。
私が注目したのは、その表情である。
何か「覚悟」のようなものがある。
冒頭、核攻撃を見つめる主人公にはないものだ。

完全に私的な解釈だが、主人公はそれまでの人生において、生きる意味を見出していなかったのではないか。だから攻撃される街を見ても、特に関心を示さなかった。しかしシェルターでの絶望的な日々を通して、逆に、生に対する強い意思を得た。何がなんでも生き抜く、という意思を。

そう考えると、主人公にとって冒頭の文明社会は「絶望」、結末の廃墟は「希望」ということができるのかもしれない。
まったく先の見えない、暗く静かな「希望」であるが。

2012年12月2日日曜日

Tower Block

 邦題「「タワーブロック」(2012年)
 TSUTAYAのコマーシャル映像で気になっていた作品である。
 イギリスの低予算映画。日本では上映されずDVDになったようである。
まったく知らない俳優たちが全部で20人弱。舞台のほとんどは、おんぼろマンションの廊下。しかし目が離せないシチュエーション・スリラーに仕上がっている。

あらすじ
 解体予定のマンションで、住人たちは立ち退きを求められている。それでも最上階の何世帯かが居座っている。
 独身女性、若夫婦、老夫婦、シングルマザー、チンピラなどだ。業者は困っているようだが、それほど急いでいるようでもない。「さて、どうしたもんか」とのんびり話し合っているという状況。

 数ヶ月前。このフロアの廊下で、15歳の少年が2人組に暴行され、死亡した。
 住人たちは気づいていたはずだが、誰も助けなかった。
 後から警察が来ても、知らぬ存ぜぬで、事情聴取にならない。

金曜日。
 住人たちの日常が過ぎていく。
 イギリスの事情はよく知らないが、中流の下くらいの暮らしぶりに見える。

土曜日。
 のんびりした朝の風景。のはずが、突然銃撃を受ける。
窓側からの狙撃が、次々と住人たちを倒していく。この最初の銃撃で5人が死亡。2人が負傷。パニックになりつつ廊下に避難する住人たち。
 電話もネットも使えない。エレベーターにはトラップが仕掛けられている。
 なぜ自分たちが?
 まったくわからない。
 ただ一つわかっているのは、窓のカーテンを開けただけで即座に狙撃される、ということだけ。

日曜日。
 住人たちは次々殺され、残るは3人。何とか反撃に出ようとする。
彼らの策とは

犯人について
この手のミステリーの犯人は、次のどちらかに大分類される。

・劇中に登場した誰か。
・まったく登場していない誰か。
 
 
 後者の場合は犯人当てが成立しない。私はそういう作品は好きでない。裏切られたような気がするから。
前者の場合、安易な推理は必ず外れる。意外な人物が犯人、というのが最近のミステリーの定石だ。本作もそうである。

 犯人がわかった時点で、動機は容易に想像できた。
 しかし、「だからってここまでしないだろう」というのが私の感想である。
 その動機で今回の住人皆殺し作戦を実行したのだとしたら、犯人の心理は、非常に矛盾したものになると思う。
 この犯人像だけが、唯一不満である。

作品の評価
私は高く評価している。
 まったく無名な人たち(もしかしたらイギリスでは有名かもしれない)が気取らない日常を過ごしているのがいい。それまでの強者と弱者が、緊急事態に陥って逆転するのもリアルで面白い。なぜこの人たちが狙われるのか、という疑問を最後まで引っ張るが、緊迫の演出で飽きさせない。
 狙撃が始まるのも突然で、それがまたリアルである。
 普通の映画だと、事件が起きる時は「何かが起きる」ことを予想させるような効果音なり演出なりが成されるが、それは現実的ではない。本当の事件とは、急に起こるものであろう。あるいは、いつの間にか起こっているものであろう。そして何が起きているのか把握できないまま、進行するのであろう。
 後から振り返ると、それが事件だったとわかるのだ。

 作り手がどこまで意識したかわからないが、映画全体を包むリアルさが良い。
前述した通り、犯人だけは現実離れしているように感じたが、もしかしたら、現実とはそういうものかもしれない。