2014年12月3日水曜日

教会とクリスマス

 早いもので、もう12月である。
 
 キリスト教会としてはクリスマスのイベントで忙しい時期だと思う。師走の忙しい時期に教会でも忙しい訳だから、信徒の皆さんは大変であろう。ぜひ無理のないようにやってほしいと思う。
 
 クリスマスは一年で一番、教会らしさを出せるチャンスかもしれない。たぶんツリーにキャンドルにキャロル、ハンドベル、聖劇あたりが「教会のクリスマス」のイメージで、そういうのを楽しみにしている人が、そういう教会に訪れるのではないかと思う。一年で一番、教会に人が集まる時期かもしれない。
 
 けれど昨今の福音派・聖霊派あたりの教会には、あまりクリスマスっぽさを出さないところがある。先日の記事「クリスチャンの禁止事項(?)について」でも取り上げたように、クリスマスツリーを異端視する向きもあるくらいだ。そういう教会はツリーを飾るなんてもってのほかだろう。またもっと原理的なところになると、「クリスマスはキリストの誕生日と関係ない。そもそも時期が違う」という訳で、巷のクリスマスムードに思いっきり水をぶっかける有り様である。

 という訳で、クリスマスを祝うとしても、あまりクリスマスらしくない過ごし方をする教会もある。そういう教会にキャロルとかハンドベルとかの「クリスマスらしさ」を期待して行くと肩透かしを食らうので、注意が必要である。

 そういう教会が開くクリスマス集会は、一応クリスマスと銘打ってはあるけれど、いわゆる「大物メッセンジャー」がゲストとして来るとか、有名無名(大半は無名)のシンガーがコンサートをするとか、基本的に普段の伝道集会の延長である。だからポスターがクリスマスっぽくても、メッセージや歌にクリスマスが絡んでいても、あまりクリスマスらしくない。

 もちろん、それが悪いという話ではない。けれど、もったいない気がする。せっかくのクリスマスなのだから、世間一般が期待するようなクリスマスを思いっきり演出して、一般の人に最大限サービスしたらいいのに、と思う。
「いやいや、クリスマスの本質はツリーとかサンタとかじゃないよ。Christ(キリスト)をmass(礼拝)することだよ。だから普段通りの礼拝が一番なんだよ」とかいう教会側の理屈はわかるけれど、それだと未信者の人は楽しくないから、誰も集まらない(集まるのは信徒の家族や友人とかだけ)。すると伝道にもならない。「クリスマス伝道集会」と位置付けても、意味がないことになる。

 だいいち、キリスト教界の「大物メッセンジャー」が来たって、一般の人からしたら「ただのおじさん」(こりゃ失礼)だ。はっきり言って何の魅力もない。大騒ぎして集まるのはクリスチャンだけで、結局、内輪で盛り上がるだけだ。

 つまり、教会が上目線で「これこそ真のクリスマス」とか思ってやっても、本来伝道すべき人々からまったく見向きもされない代物でしかない。逆に教会って何なんだ、という話になってしまう。

 伝道は「施し」じゃないのだから、「やってあげる」ものではない。日本はただでさえクリスチャン人口が少ないのだから、クリスマスという教会が注目されやす時くらい、腰を低くして、人々に奉仕してもバチは当たらないだろうと思う。

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