神は近いか遠いか

2020年6月22日月曜日

キリスト教信仰

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「神の名をみだりに唱えてはいけない」と律法にあり、教会でも「神を畏れなさい」と教えられるけれど、一方で神は「アバ父」であり、親しく(霊的に)交わることができるお方だ、とも教えられていて、一部で「天パパ」などと愛称で呼ばれたりもする。その両極端さに正直、混乱している人もいるのでは。

「神様を愛し畏れます…!」と祈る一方で、時には「ねえ天パパァさあ…」とフランクに話しかける感じ。

 神様とどういう関係性を持つか、という点はプロテスタント各派を見てもかなり幅がある。極端に言えば「天の愛するお父様」から「天パパ」まで。このあたりは通う教会(教派)を変えた時に、戸惑いやすいポイントだろう。

 神との関係は近いのか、遠いのか。 「神様とのリレーションシップが重要だ」という教えがある。けれど神様と自分の関係がどういう状態で、どういうレベルにあるのか、どうやって判断するのか。どう言い表そうと、どう言い換えようと、それを判断するのは、結局自分自身に他ならない。つまり「自分がどう考えるか」が全てとなる。

 その意味で、「天の愛するお父様」とやや距離をおいて語りかけるか、「ねえ天パパァ…」と親しく話しかけるか、選ぶのは自分自身。神様が「実際に」近いか遠いかは実は関係ない。

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