2016年6月12日日曜日

教会と「メンヘラ」の関係についてつらつらと考えてみた

 教会とメンヘラの関係について。
 という偉そうなタイトルにしてみた。今回は。

 私はいくつかの病院や施設で働いている。その中の一つに精神科病院があり、そこの入院患者さんと接する機会がある。
 その何人かが、新聞を定期購読している。それが毎朝病棟に届く。「聖○新聞」だった。どうやら彼らは某宗教団体の信者らしかった。

 で私が驚いたのはその割合で、彼らは病棟内の患者数の約2割強(20%以上)を占めていた。
 だからその病棟に限って言えば、何らかの精神疾患を持っている10人中2人以上が、その信者だということ。
 けっこうな割合ではないだろうか。偶然かもしれないけれど。

 厚生労働省の統計データを見てみると、全人口における統合失調症の有病率は約1%。うつ病の生涯有病率は約6%、不安障害やアルコール依存症はそれぞれ10%弱、となっている。
 もちろんこれは全人口における精神疾患の有病率であって、宗教人口におけるそれではない。だから明確な何かが言えるわけではなく、あくまで体感の話になる。けれどランダムに集められた患者さんのうち、20%強が某宗教団体の信者、というのはなかなか衝撃的な気がする。何か因果関係があるのだろうか。全国的に調査したらどんな結果が出るのか、是非みてみたい。

 と、いうのが本記事を書くキッカケなんだけど(べつにその宗教団体を非難するつもりはない)、ではひるがえって、キリスト教会をみてみる。

・教会と精神疾患

 キリスト教会、特に私が深く関わってきた福音派・聖霊派の教会で、重度の精神疾患の人はほとんど見たことがない。もっとも重度の精神症状があったら教会でもどこでも対応できないから、見ないのも当然だろう。
 しかし軽度の精神疾患の人ならけっこういた。幻覚妄想状態とか躁状態とかでなく、いわゆるパニック障害とか不安障害とか、アルコール依存症とか、軽いうつとか。あるいは本人が黙っていても、客観的に見て何か精神障害がありそうだなあと思わせる様子とか。

 そういう人たちはやはり苦しんでいるし、何らかの助けを必要としていると思う。それで通院している人もいれば、まだ病院に行くに至っていない人もいる。あるいは教会に(神に)救いを求めている人もいる。
 また気の毒な例として、牧会に疲れてバーンアウトしてしまった牧師とか、うつ状態になってしまった牧師とかもいた。そういう人たちを見ると、「教会に行けば(精神疾患からも)回復できますみたいなことは、不用意に言ってはいけないなと思う。

 何らかの精神疾患を患った状態で教会にやってきたのか、あるいは、教会活動の中で精神疾患を患ったのか。
 いずれにせよ、専門的治療が必要なのに「教会」だけで何とかしようとするのは、やめた方がいいと思う。仮に「神の愛」とか「聖書の言葉」とか「牧師の献身的な関わり」とかで症状が徐々に改善するとしても、時間がかかり過ぎては本人の苦痛が増すだけだし、そもそも素人療法では悪化させる可能性が高いと思う(牧会カウンセリングとか大そうな名称で呼ばれていても、所詮にわか仕込みでしかないだいいち精神疾患と言っても多種多様で、たとえばある症状に対しては掛けてもいい言葉が、別の症状ではタブーになることがある。そういう基本的なセオリーも知らないで「神の愛が・・・」とか精神疾患患者にほざくのは、はっきり言って無責任であろう。

 今年2月に千葉県佐倉市で「教会たてこもり事件」があった。あれは暴れる危険性のある相手を教会が「カウンセリング」しようとしたのが原因だった訳で、浅はかだったとしか言いようがないと思う。被害に遭われた方には気の毒だけれど。

 結論を書くまでもないと思うけれど、精神疾患は専門的な治療を要する。教会(牧師)がしゃしゃり出るべきではない。教会にできることはちゃんと専門治療を受けるように勧めることだと思う。

・教会と「メンヘラ」

 私が蔑視を込めて「メンヘラクリスチャン」とか「イタクリ」とか言っているのは、上記のような精神疾患患者とは基本的に関係がない。

 精神疾患が専門治療を要する障害であるのに比べて、メンヘラクリやイタクリは、思い込みや偏見・偏向が強すぎるといった状態だ。それは一過性的かもしれないし、もしかしたら人格障害を有しているかもしれない。いずれにせよ聖書知識の不足や、間違った聖書理解のゆえ、おかしな「神理解」をしてしまっていて、結果的に(前回紹介したような)痛々しい迷言、妄言を吐くに至っている。

 で、ここからは完全に私の経験と体感で書くだけど、聖霊派あたりの原理主義的教会には、このメンヘラが圧倒的に多い。逆のオーソドックスな教会ほどメンヘラ率は減っていくメンヘラはオーソドックスな教会にいられない)。それで、

「携挙の日付は××だ!」とか、
「この地震は神の罰だ!」とか、
「この出来事は裏でフリーメイソンが暗躍している!」とか、
 もう幻覚でもみたかってくらいトンデモな、聖書教理ガン無視な発言(妄言)に終始するようになる。

 メンヘラがそういう教会に集まるのか、それともそういう教会が人をメンヘラにするのかわからないけれど、とにかくそういう教会お近づきにならないことを、私は強く勧める。

1 件のコメント:

  1. 新興宗教系プロテスタントのイベントの中に、明らかに電波系の人向けなのがあります。聖職者も信者も明らかに頭が変なのだなあと素人でもわかります。オカルト雑誌の記事に書いてある話を真に受けているようで、すぐに「フリーメーソンの陰謀だあ!」とかいっていたりもしますが、そのわりにはフリーメーソンの基本的な知識もなかったりするのが、新興宗教系プロテスタントのご愛敬というものでしょうか(笑)。

    「オーソドックスな教会ほどメンヘラ率は減っていく」というのは当たっているような気がします。これは逆に言うと「オーソドックスでない教会ほど頭の変な電波系の人たちが山ほどいる」ということなのです。

    「メンヘラはオーソドックスな教会にいられない」よりも、むしろ「メンヘラはそもそもオーソドックスな教会には最初から足を運ばない」といったほうが正しいと思います。

    メンヘラは頭の変な人たちですので、当然のように電波系の発言をあちこちでしまくります。オーソドックスな教会は頭の正常な人ばかりですので、電波系の発言なんかにまともに耳を傾けようとはしませんし、そんな人にははっきりと「ちゃんと精神病院に行って診察を受けなさい」と忠告すると思います。
    頭の変な人ほど「自分の頭は絶対に正常で、自分の話を信じない人こそが電波系だ」と確信しているので、オーソドックスな教会に行けば五分と持ちません。それをわかっているので、足を運ばないのだと思います。
    この手の人は変にプライドばかり高くて、実権を握ろうとするので、一種のメシアコンプレックスなのかもしれません。オーソドックスな教会では、こんな人を生き神様とすることは絶対にありえません。
    よって「自分が実権を握れるところ」と探し、みつかったのが、電波系の話を「それは本当だ!あんたはすごい!」といってくれて、自分を「神からの御声を聞く特別なお方だ」と大切に扱ってくれる教会、すなわち新興宗教系プロテスタントの教会なのです。彼らにとってこんなに心地よい場所はないでしょう。

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