2016年1月6日水曜日

カルトっぽい教会を離れた後の話・7

 カルトっぽい教会を離れてみて気づいたのは、いかに「規制」が多かったかだ。あれもダメこれもダメで、良いものなんて指で数える程度であった。なぜそんなに規制があるかと言うと、「クリスチャンとしてこの世から聖別されるため」とか「悪魔に心を支配されないため」とかだそうだ。

 私たちのまわりでは悪魔たちがいつも策略を巡らしていて、あの手この手で私たちを誘惑し、罪の中に陥れようとしている。だからそうならないよう、私たちはいつも自分の心を見張って、敵の罠に警戒していなければならない。というのが牧師の言い分であった。
 信徒は皆、誘惑されてはいけない、自分を「この世」から切り離して「聖別」されなければならない、そうでないと神様に喜ばれない(地獄に堕ちてしまう)、みたいなことを考えて、それに従っていた。要するに無知だった訳だ。

 ではどんな「規制」があったのか、ちょっと実例を挙げてみよう。

・映画全般
 特にホラー映画。見たら悪魔に心を明け渡すことになる、だそうだ。他にもSFはダメ、ファンタジーはダメ、恋愛ものはダメ、危険な冒険ものはダメ(危険じゃない冒険ものってあるんですか)、史実ドラマも史実に忠実でないものはダメ(そんなこと言ったらほぼ全部ダメでしょう)、また無害そうに見える映画も、根底にヒューマニズムが潜んでいることがあるからダメ。
 という訳で総合すると、まあ映画はダメってことになる。良いのはナルニアとかモーセの十戒とか、そういう宗教色の強い映画だけ。

・音楽全般
 これも映画と同様である。ポップはダメ、ロックはダメ、メタルはダメ、パンクはもっとダメ。なぜなら根底に悪魔崇拝とかヒューマニズムとかが潜んでいるからだとか。聴くと脳を悪魔に支配されるそうです(ここ笑うとこ)。
 あるパンクバンドが都内でライブをしたとき、大暴動が起きて大勢の死傷者が出たけど一切報道されなかった、とかいう大嘘を真顔で話していた牧師がいたけど。
 じゃあ何を聴けばいいかと言うと、それはもちろん賛美(やっぱりそこかい)。

・本・雑誌・マンガ全般
 どれも書いた人の思想の影響を受けるからダメ。一見無害でも、背後に悪魔的、ヒューマニズム的な思想が隠れているかもしれないから気を付けた方がいい、読まないのが一番いい。聖書の解説本や信仰書でも、異端的なものがあるからダメ。 
 じゃ何を読んだらいいの? それはもちろん聖書(エッヘン)。ダメだこりゃ。

・持ち家やマンション購入
 これは「私たちはこの世にあっては寄留者です」というお決まりのフレーズとともに言われる。家を持つと簡単に引っ越せなくなる、いざ主に導かれた時に「迷い」が生じる、でもその点賃貸は気軽でいい、ということで、信徒の大半は賃貸だった。献金三昧で家を買う余裕なんてなかったのが実情かもしれないけれど。
 でもよく考えてみると、そのくせ教会で土地を購入して新会堂を建てようとか矛盾したことを言う。寄留者なんじゃなかったっけ。

 ・貯金
 天に宝を積みなさい! お金は罪の根源です! ということで教会の金庫に信徒のお金が積まれていく。80年代くらいからそう言われて献金し続けてきた人たちはそろそろリタイヤの年代になるけれど、ロクな貯金もなく、年金も払ったり払わなかったりだったから、年金額も期待できないと思う。さて本当に天に宝を積んだのかどうか、そろそろハッキリするのではないだろうか。

 他にも細かいことを挙げるとイロイロあると思うけれど、要は、
 自分にとって楽しいこと(趣味や娯楽)、
 自分の生活の為のこと(貯金や一般的な交際)、
 家族の為のこと(何か買ってあげようとか、たまには楽をさせてあげようとか)、

 等は大概ダメなのである。牧師はそれを「悪魔から身を守るため」とか「神様に近づくため」とか「聖別されるため」とかイロイロ言うけれど、本質的にはそういうことなのだ。
 自分のことより神の為、教会の為、である。それはそれで悪くはない。けれどその行き着く先が「牧師の為」であることを忘れてはならない。

 だいいち、良くないとされるものから完全に分離することなどできない。まともな社会生活を送っていれば何かしら目に入るし、耳に入る。それだけで影響されると言うなら、もう街から出て行かねばならない。何もない砂漠の真ん中にでも移るしかない。しかし残念なことに、キリストは何もない荒野でサタンの誘惑を受けた訳で、たとえ砂漠の真ん中に行ったって私たちの分離の問題は根本的に解決されないのだ。

 それに完全に良いもの、完全に悪いものがあるとして、それを選ぶのは個人個人である。牧師の言葉だけで決めてはいけない。
 たとえば選挙で立候補者AとBがいる。牧師が「Aは神の御心の人物、Bは悪魔の策略。Bの話を聞いただけでも悪魔の影響を受けるから聞かない方がいい」とか言ったとして、だからって安直にAに投票するだろうか。Bの主張を一切聞かないで初めから投票対象から除外するだろうか。

 よくハリー・ポッターは悪魔崇拝だとかいう話を聞くし、それを真に受ける人もいるけれど、見たこともないのによくそんなことが言えるなと思う。仮にそれが本当だとして、ハリー・ポッターを見たら悪魔崇拝の影響を受けるとしよう。だったら何なのだろうか。それくらいで私たちは救いから漏れてしまうのだろうか。キリストの恵みはなく、ただ裁きだけがあるのだろうか。キリストの十字架ってお飾りだったのだろうか。

 だから教会が迫ってくる数々の「規制」については個人個人がよく考えるべきだと思う。鵜呑みにするのが一番良くない。
 それが私が気づいたことの一つだった。

6 件のコメント:

  1. お酒もサタンにひれ伏すことになるからダメ、酒類に表記されている”スピリッツ”の意味は&%$#!などと言われることがあります。

    お酒に関しては、カトリックのほうが寛容なのかな。

    お酒はまじでやばい、先祖の代からの呪いを背負っていて%&’”!
    「下がれ、サタン!」と他人に言いながら、
    自分は彼女持ちの男にちょっかいだして「彼が、私を養ってくれる人ですか」と
    神様に問うている、などと訳わかりません。


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  2. 今じゃあんまり聞かない気がするけど、ニューエイジって結構キーワードっぽかったな。
    恋愛もこっくりさんも←(懐かしい)、それに繋がってるからダメとか。

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  3. キリストを信じていない人はサタンの側だと、さんざんぼろくそにいっていたくせに、
    ならキリストを信じたら「○○はサタンの側だからだめ。」「××もサタンの側だからだめ。」・・・完全に神の側にいて絶対に大丈夫かといえばさにあらずということですか。ならいったいどうすればいいのでしょうかね(苦笑)。
    あれもだめこれもだめといわれ、何かをするときにはいちいち「これはサタンの側ではないでしょうか?」と、お伺いをたててからでなければならなくなります。こんなことではとても生活していけなくなるではありませんか。
    キリストを信じたならもっと自信をもってはいかがですか?といっても、新興宗教系プロテスタントの人には通じないのでしょうね(笑)。

    持ち家やマンションを購入するのを嫌がる話は、カルト化した新興宗教系プロテスタントではさほど珍しい話ではないようですよ。車や不動産のような値段のはるものを信者に買われると、ローンの支払いが大変になって、献金を減らされるのを非常に恐れているのですね。家や車の展示場に教祖がついてきて、「これは月々のローンの支払いがこれこれだから・・・」と干渉し、購入するにあたっての決定権が信者に全くないというひどい事例があるのだそうです。
    もっとひどいカルト化教会になりますと、保険に入れないところがあるという話も聞いていますね。保険料の支払いで献金に支障が出るのを嫌がるという意識が根底にあるからでしょう。
    私が聞いた中で一番ひどいところは、信者を結婚させないというカルト化教会の事例でしたよ。これはカルト化した新興宗教系プロテスタントでよくおこる「逆カトリック」という現象なのだそうです。
    信者に結婚されると、彼らのお金と時間と労働力が、教会ではなく自分の家庭に向かってしまうため、それを防ぐために信者には「今は神の御心ではない。」とか「あなたには独身のたまものが与えられている。」などともっともらしいことをいって、絶対に信者を結婚させないという事例があるのですよ。
    もちろん教祖の子供たちは結婚して繁殖しまくります。たくさんの孫の教育費がかさみますので、なおさら信者には独身を通させて給料のほとんどを献金させて、孫の教育費にあててやろうと・・・(笑)

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  4. 宗教はこりごりです。
    福音主義・聖書信仰・カリスマ・ペンテコステ新興宗教系キリスト教の教会は、終始「ご都合主義」です。
    教条主義であり自分勝手、傲慢・高慢の極みであり、排他主義・左翼的であり、西欧文化白人至上主義に洗脳された、変わり者・孤立無援・融和しない者であり、社会から「どうしようもない」とハジキものにされる集団です。

    趣味の領域であればまだしも、熱烈に追い求めている輩に対しては、もはや手の施しようがありません。

    気付かれた方は、早々に退散すべきです。

    この輩の事を「目を覚ませ」と聖書では言っているのですが(笑)

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  5. 車や家の購入などプライベートな事に口をはさむ牧師がいるとは驚きです。現代の免罪符はやはり献金ですね。
    献金すれば天国に行ける、繁栄する、神様に近づけるなど、もう一度、宗教改革が必要な人達です。それにしても牧師がお金に血まなこになる仕組みも原因かも。牧師は給料なしと初めから打ち出す方がいいと思います。会堂なしでもいいと思うし、年金生活者に牧師をしてもらうとか。中途半端に給料を支払い、兼業を蔑視するから信徒の稼ぎを当てにするのではないかと思うんですよね。それか100人教会で初めて牧師を置けるのを基本にするとか。日本の教会は30人信徒でも牧師を置いているので破綻するのではないでしょうか?

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  6. キリストが与える安心、寛容は牧師と称する個人商店主や教会の派閥の考えにより束縛に変えられあらゆる自由は奪われた。聖書の言葉は裁きの言葉が説教により話され、不安だらけになった。信徒間の裁きあい、冷やかな目は「これが教会なのか」と感じていた。
    外面は良く見せても、中身が悪けりゃ普通の事業所ならとっくにつぶれてもいいくらいだと感じていた。
    土台は崩壊している。

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