2015年7月21日火曜日

「真理の回復」と銘打たれた、ただの「ムーブメント」について

 当ブログへ流入する検索ワードに多い言葉が二つあって、一つは「インナーヒーリング」、もう一つは「ダビデの幕屋の回復」である。
 どちらもペンテコステ派とかカリスマ派とか第三の波(なにそれ)とか、そういう聖霊派系の教会が実践している事柄だ(もちろん全ての教会がという訳ではない)。当ブログはそれらの問題点について書いているので、検索にひっかかるのは当然かもしれない。

 今ここでそれら一つ一つについて細かく書くつもりはない。けれど一つ言えるのは、どれもムーブメントであり、流行り廃りがあるということだ。たとえば「インナーヒーリング」が突然教会に入ってきて、みんな熱にうかされたように自分の過去をほじくり返し始めたけれど、次に「和解の務め」が入ってくると、今度は我先にと仲違いしている関係を清算し始める。その次もまた同じことが起こる。

 仮に「インナーヒーリング」が完全に終了して「記憶の癒し」(なにそれ)がなされ、過去において一切のわだかまりがなくなったとする。それからタイミングよく「和解の務め」が入ってきて、今度はうまくいかない人間関係が完全に改善されハッピーになったとする。
 そういうふうにして自分の中の「欠け」が一つ一つ回復していくのなら、その人は10年もしたら完全無欠の聖人になっているかもしれない。それなら何も文句はない。

 けれど現状を見る限り、そういう教会の人々は10年経っても20年経っても根本的に何も変わっていない。もちろん長く生きた分だけ知恵や処世術が身に付いたかもしれないけれど、人格的にまったく問題ないなんてことはないし、あらゆる人間関係が良好だってこともない。むしろいつも同じような問題を起こすし、問題とまで行かなくても、同じような傾向をもった振る舞いを続けている。多少改善しているとして、それが「インナーヒーリング」のおかげだとか、「和解の務め」のおかげだとか言うこともできない。

「インナーヒーリング」をしきりに勧めてくるクリスチャンが、「自分は変わった」「過去に受けたこれこれの傷が癒されて楽になった」とかよく言うけれど、イザとなると案外ひどいことを平気で言ったりしたりする。つまり普段は癒されたような感覚でいるけれど、実は何も変わっておらず、いかに癒されていないかを時々露呈するのである。本人は「たまたまだ」とか「調子が悪かったからだ」とか言うけれど、人の本性は平時でなく緊急時にこそ現れる。

 だからそういう全てはムーブメントであり、聖書的な行いに見えるかもしれないけれど、結局は一時的な流行にのっかっているだけ、ということが案外多い。あれだけ「インナーヒーリング」にハマっていた人が、今はまったく見向きもせず、「和解の務め」とやらに勤しんでいる、なんてことはザラだ。

 たとえばマザーテレサとその功績は誰もが知っているだろうけれど、彼女は「インナーヒーリング」も「和解の務め」も「ダビデの幕屋の回復」もやってない。その他のあらゆる「聖書の真理の回復」(?)と呼ばれる行いも一切していない。けれど彼女は、おそらく世界で一番影響を与えたクリスチャンの一人である。キリスト教の品格(と言うべきかどうかわからないけれど)を引き上げてくれた一人でもあろう。
 ということは、立派な(とまで行かなくてもマトモな)クリスチャンであるためには、上記のムーブメントなんか全然必要ないということである。

 また何度も言っているようにそれはムーブメントであり、流行り廃りがあるという時点で、聖書教理とは関係ない。大事なことなら途中で始まったり終わったりしないし、そもそもとっくの昔から言われているはずだからだ。「終わりの時代だから真理が回復したのだ」とか彼らは言うだろうけれど、今が終わりの時代であるというその確証そのものがすごく怪しい。終わりの時代について聖書が何と言っているか、もう一度読んでみるべきだろう。また終わりの時代だからと言って何かが回復するとも書いていない訳で、もうその論理から滅茶苦茶である。

 だから教会に入ってくる「新しいもの」には注意が必要だ。そもそも2000年くらい続いてきた宗教に今になって「新解釈が与えられた」とか、「昔は○○だったけれど今は真理が回復したから××だ」とか、新しい方法論が展開されるとか、そんなことはない。それはもはやマスメディアであり、常に新しいものを流していなければ商売にならない何かのビジネスと同じだ。それらにいちいち飛びつくのは信仰でなく、聖書的でもない、と私は思う。

■おまけ・キリスト教新興プロテスタント系によくみられるムーブメント(ワード)

・インナーヒーリング
・和解の務め
・ダビデの幕屋の回復
・後の雨(ラターレイン)
・リバイバル
・レストレーション
・トランスフォーメーション
・トランジション
・天国(地獄)を見てきた
・天使の羽、金粉、歯、等々
・預言的アクション(各種)
・霊の戦い(各種)

 他にもあるだろうけれど、とりあえず。

2 件のコメント:

  1. おまけ・・に全部関わってきました。今思えば催眠術のようでもありました。
    出た教会は、牧師までが金粉騒ぎをしてました。
    夢から覚めた心地です。
    (どうも名前の書き方がわからない、なぜ()がついてしまうのか、誰か教えて)

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  2. 流行はファッションやスポーツなどで一気にわいてやがて廃れていくものです。キリスト教会が飛びつく流行は悪くとらえたらインフルエンザのように感染してそれに気づかないでどんどん悪化してしまいとりかえしのつかない状態に陥ってしまう。

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