2015年5月4日月曜日

これ言ったらただの「自己実現牧師」って台詞を考えてみた

 教会を自己実現の道具としか思ってない牧師がいる。

 彼らは神の名を騙って教会(信徒)を使おうとしている。
 もちろんそんなこと自分で表明しないし、指摘されれば否定する。むしろすごく敬虔に、信仰的に振る舞っている。だから表面だけ見てもその腹の黒さはわからない。

 騙された信徒はどこまでも牧師を信頼してしまうので、結果、神とも信仰とも関係ないことに熱中してしまう。それを信仰と思って疑わない。実は牧師の自己実現に付き合わされているだけなのだけれど。

 ではどこでその牧師の偽善を見極めるかと言うと、聖書が言うように「実」で判別するしかない。ちなみにここで言う「実」とは、彼らの口から出る一つ一つの言葉である。

 という訳で今回は、「これ言ったらただの自己実現牧師」という特徴的ワードについて書いてみる。

■これ言ったらただの「自己実現牧師」

・「〇〇は神の願いです。教会として従いましょう」
 神様がこう願っているのだから教会(信徒)は拒否するべきでない。喜んで従うべきだ、だから〇〇しなさい、という論法。〇〇に入るのは「礼拝」とか「祈り」とかいう当たり前のことでなく、たとえば法外な献金とか長時間奉仕とか、家の仏壇を捨てろとか家族と縁を切れとか、そういう非常識な諸々である。信徒に非常識な行いをさせるために神の名を利用しているだけで、非常に悪質。

・「私(牧師)も全てを捧げて、犠牲を払って従っているのです」
 上記の「神の願い」を強調するための文句。牧師である自分が率先して従っているのだから、信徒であるあなたがたは尚更従わなければならない、という論法。
 てゆうか、「犠牲を払っている」とか自分で言うなー。

・「御霊に感じたことを今から語ります」
 神から語られたアピール。いわゆる「レーマ」推進派の台詞。あの、聖書をもう一度学び直してもらっていいですか。牧師なら。
 ちなみに「御霊に感じた」って黙示録っぽくていいな、とか思ってるだろ。

・「真のクリスチャンはこの世の常識に捕らわれてはいけません」
 これもやはり、信徒に非常識なことをさせるための口実。キリストが「宮きよめ」でいろいろ実力行使した箇所だけを取り上げて、「ほら、イエス様も神のために過激なことをされた。私たちもこの世にあっては過激派でなければならない」とか言う。いやいや、聖書全体はクリスチャンこそ常識に従うべきって言ってますけど?

・「クリスチャンは神様のためにハードワーカーであるべきです」
 信徒を一生懸命長時間働かせるための口実。十二弟子たちが忙しく働いて休む間もなかった、という箇所だけを取り上げて、「ほら、イエス様の弟子たちは皆ハードワーカーだったのです」とか言う。それって今風に言うとただのブラック企業なんですけど。
 こういうのは事業大好き牧師の常套句である。奉仕者を忙しく働かせて、事業を軌道に乗せることしか考えていない。その事業が成功して自分の名前が知られることしか考えていない。
 だからあなたの牧師が何かの事業をやろうとか言い出したら、本当に注意して警戒することをお勧めする。

・「今こそ神の宮を建て上げるべきです」
 通訳すると、「新会堂がほしいから献金してちょ♪」となる。以上。

・「最高の神様なのだから、最高の楽器で礼拝すべきです」
 通訳すると、「高い楽器がほしいから献金してちょ♪」となる。以上。

・「私(牧師)を御言葉の奉仕に専念させて下さい」
 通訳すると、「専業牧師になりたいから献金してちょ♪」となる。以上。

・「神のためなら貧乏なんて厭わない。それが真の献身者です」
 低賃金で献身者を使うための口実。彼らの薄給、最低賃金を軽く下回っているんじゃないだろうか。たぶん健康保険も年金も払えてないから、定年後はご愁傷様である。

 上記以外にもイロイロあると思うけれど、こんな感じのことを言ったら「自己実現牧師」である可能性が高いので注意を要する。さて、あなたの牧師はいくつ当てはまっただろうか?(当てはまっていないことを願いますが)

16 件のコメント:

  1. うひょです。

    >・「最高の神様なのだから、最高の楽器で礼拝すべきです」
    > 通訳すると、「高い楽器がほしいから献金してちょ♪」となる。以上。

    私の働く教会は、いわゆる「無楽器派」でアカペラで賛美歌を歌うので、これは当てはまりませんでした。

    >・「私(牧師)を御言葉の奉仕に専念させて下さい」
    > 通訳すると、「専業牧師になりたいから献金してちょ♪」となる。以上。

    私の場合、教会の役員会から「御言葉の奉仕に専念」する人が必要だから、という理由で、誘いを受けました。それで、今の仕事を一旦退いて、教会で働くことに同意しました。もちろん、その他の役割もありますが、英語セミナーの教師とかのアルバイトも追々始めると思いますね、多分。

    >彼らの薄給、最低賃金を軽く下回っているんじゃないだろうか。
    >たぶん健康保険も年金も払えてないから、定年後はご愁傷様である。

    私の場合、米国での生活が長く、日本に帰国後、年金の支払いに追いつかなくてはいけません。国民健康保険にも入ります。自分の年金や健康への配慮もそうですが、これは国民としての責任だと思いますので、優先して支払おうと思っています。その結果どれ位手取りが残るやら。ちょっと心配ではあります。 私は独身なので多分困窮してしまうことは無いと思いますが、家族を養うには不十分でしょうから、家庭は持たないでしょう、多分。そういう制限を受けることは覚悟の上での、信仰の歩みです。

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    1. うひょ様

      >彼らの薄給、最低賃金を軽く下回っているんじゃないだろうか。
      >たぶん健康保険も年金も払えてないから、定年後はご愁傷様である。

      >私の場合、米国での生活が長く、日本に帰国後、年金の支払いに追いつかなくてはいけません。国民健康保険にも入ります。自分の年金や健康への配慮もそうですが、これは国民としての責任だと思いますので、優先して支払おうと思っています。その結果どれ位手取りが残るやら。ちょっと心配ではあります。 私は独身なので多分困窮してしまうことは無いと思いますが、家族を養うには不十分でしょうから、家庭は持たないでしょう、多分。そういう制限を受けることは覚悟の上での、信仰の歩みです。

      この部分の解釈、間違っておられます。

      これは問題のある牧師の教会で、マインドコントロールされてしまって、献身者として教会スタッフ等になってしまった「信徒」の話をしています。
      あなたのように、「牧師」として教会に就職される方のお話では無いです。

      本来「牧師」とは、信徒の代表であり、自らも職業を持ちながら「集会」の長として神に仕える、と言う者のはずです。キリスト教はすべて「ローマ教」(ローマ帝国で設定された、カトリックからの流れ)であり、牧師も「御言葉に専念」と言う箇所から、都合良くその「仕事?」だけで人に養ってもらおうとして、都合良くカトリック教会を真似た?と言えます。

      今の「教会」のスタイルその物が間違いです。

      ここで言わんとしている事は、いわゆる福音主義的・聖書崇拝的・カリスマ・ペンテコステ系統の教会で、信仰の名のもとに純粋な信徒を誘導し、自己の利益・自己実現を図っている牧師に「被害」に遭っている、或いは過去に遭った事実を共有し、広くキリスト教界に警告したい、と言う思いからです。

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    2. 解釈の間違い、指摘してくださりありがとうございます。私の経験(教会とのかかわりは30年くらい)では、牧師が教会のスタッフを「雇用」するというのは見たことが無いので、考えが外れました。

      >本来「牧師」とは、信徒の代表であり、
      >自らも職業を持ちながら「集会」の長として神に仕える、と言う者のはずです。

      ところで、
      『集会の「長」として神に仕える』とは、
      具体的にはどのようなことだとお考えでしょうか。
      よろしければお聞かせください。

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  2. こんばんは。お疲れ様です。

    より神に召されて立てられている、と言う思いをもって、説教・聖餐・教育等を担う、と言う認識です。

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  3. ご回答ありがとうございました。

    >説教・聖餐・教育等を担う、と言う認識です。

    説教をきちんと行おうとすると、準備だけで一回当たり20時間を要します。そこに信徒の教育とその準備、礼拝(聖餐)の準備、資材の管理、訪問、群れの代表としての対外的・事務的対応、自分の勉強等の仕事を入れてゆく訳です。・・・教会の「長」としての勤めは、簡単に週40時間を越える責務です。生活を支えるために他の仕事を持ちながら、出来ることでしょうか。

    教会がそのような「長」は立てないで、信徒それぞれが一丸となって等しく役割分担をするというシステムも考えられます(それが教会の原型に近いと思います)が、それで「自己の利益・自己実現を図」る者による被害が無くなるとも思えません。

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    1. うひょ様

      そうですね。ですから専任の牧師が必要とされるのかも知れません。
      しかし、私達一般人サラリ-マンが、人それぞれ仕事内容や量など違いますが、それこそ一日12時間以上働いて(私個人的に。ブラック?( ・∇・))いる様に、外に出て激務をしているのと比較して、どうなのか?牧師が日曜日にお会いする以外の日に、どう過ごして居られるのか?
      宗教者ですから、自営業者同様比較対象にはならないかも知れませんが、ここで言いたいのは、ここの表題の様に、問題牧師が信徒を手足に使いすぎであり、ようやくとれた休みの日曜日を、ただ疲れに教会に行くようものになってしまっている、と言う事です。
      普通の教会であってもです。

      後半で仰られるように、どうしても集まりたければ、役割分担をして行く、ブラザレンのようなシステムが良いのかも知れません。

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  4. 自己実現という言葉を使うと、なんだかとてもよいものに感じさせてしまいますが、何のことはない、要するに「自分の好き勝手にさせろ」ということなのでしょう。
    「自分は生き神様だから全人類は自分に従わなくてはならない」と腹の底では叫んでいるのだと思います。
    一番笑えたセリフは「神のためなら貧乏なんて厭わない」です。これの後に続くのが「それが真の献身者です」なので本当に大爆笑してしまいました。こういうバカは死んでもこんなセリフをはくことはありません「私は神のために貧乏こいてもいい」。
    わかりやすくいえば「信者の金で大きなお堂を建てて、みんなから教祖様教祖様といわれて、生き神様として扱われる生活をするんだ。あ、しんどい仕事はお前たちがやれよ。自分は貧乏なんて絶対にこかない。あくまで貧乏こきまくるのはお前たち信者だあ!」ということなのです。
    新興宗教系プロテスタントにはえてしてこういうバカが多いと思いません?

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    1. その通りではないでしょうか?
      自営業者です。宗教家として生きる道を選び、これならいける!!と判断して実行した!
      何でも「神が言われる、神の御心、滅び行く人を救わなければ…」そのためにあなたの持つお金・時間を精一杯ささげなさい!
      大前提がありますから、言う事を聞いてくれる信徒は有り難いが、縛り付ける名文句が必要。
      自分を捧げるなんて事は絶対しない!信徒がその役割。なぜ?
      「もはや私は、全てを捧げて従っています」 ば~か!!!
      人様に食わせてもらって何を言う?!

      自分で職を得て働いて、その上でそう言えよ!!

      全ての「牧師」と言う人に今、宣言します!!

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    2. これはオウムで麻原が主張していたこととそっくりですよね。
      サマナたちは「ハルマゲドンが近い。一人でも多くの人間を救済せよというのがシヴァ神のご意思だ。」というスローガンを信じて出家して、全財産を教団に献納し、家族も捨て、もちろん学校も会社も辞めて、人生すべてを捨て去ってしまいました。
      サマナの大半が蚕棚のような狭いベッドの上だけが自分のプライベートスペースで、一日一食でまずいオウム食のみを食し、慢性的な栄養失調で顔色も悪く、頭もボーっとして何も考えられない状態だったというのに、麻原尊師は家族と広々としたスペースで生活をし、肉食はもちろんときにはファミリーレストランで外食を楽しむこともあったといいます。新興宗教系プロテスタントとオウム真理教(現在はいくつかに分裂していますが)は、カルト的な点で似通ったところがあるような・・・

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    3. 朝鮮宗教の影響が次から次へと、この国を滅亡へ導いているようです。

      オウム真理教が統一教会と同根であると言う説を載せている、「週刊現代」平成7年5月27日号「麻原オウム事件の『全真相』」特集より

      以下、引用します。

      「麻原オウム真理教と統一教会を結ぶ点と線」

      前述の「週刊現代」に載っている栗本慎一郎氏の「麻原オウム真理教と統一協会を結ぶ点と線」という一文で、栗本は専攻する「経済人類学」の立場から、オウム真理教を巡る一連の疑惑を解くキーワードとなるのは「北朝鮮」と断定する。

      「意外な事実を掴んだんです。麻原の父親は朝鮮から日本へ渡ってきた人だったんです」

      この事が栗本氏の研究では大きな意味を持つ。

      「朝鮮半島のキリスト教史を見ると、現地に昔からあった土俗宗教に異文化であるカトリックが侵入し、土俗宗教が危機に陥った結果、両者が融合された『危機宗教』というのがある事が分かる。この『危機宗教』の1種に、朴秦善が起こした伝道館(長老教ともいう)があった。伝道館では、信者は1カ所に集められ毛布や醤油を作って生計を立てているんですが、その収入は全て教祖に入ってしまう。この朴秦善の『集金システム』を受け継いだのが、『文鮮明』の『統一教会』なんです。

      そして、オウムも朴秦善・伝道館の支流だろうと思われます。というのも、伝道館では一カ所で生活する際、信者に財産の全てを寄進させている。血分けの儀式(悪魔の儀式!忍)も『危機宗教』独特のものです。つまりオウムは、このやり方を露襲しているのです。 朴秦善・伝道館を『父』とするなら、オウム真理教と統一協会とは『兄弟』のような関係といえるでしょう」

      だが、まさか北朝鮮と伝道館とは関係あるまい、と思うと、栗本氏によればそうではなかった。

      故・金日成の父親は「伝道館の源流ともいえる教団の信者」だった。金日成の叔父は朝鮮キリスト者連盟の中央委員長で、祖父は西欧のキリスト教信者を迫害してカルト性を加えた人物。朝鮮半島のキリスト教は反日運動の拠点であった事は有名だが、麻原が生まれた熊本は日本での明治維新後のキリスト教発祥の地。こうも色々な事が符号すると、北朝鮮・統一協会・オウム真理教は一本の線で繋がる。
       
      「オウムの『反日本社会的意識』はそこに根ざしていると考えられる。決して『革命』とか解脱とかカッコイイものではない。又北朝鮮にとってオウムは、利用するだけの価値があったのではないか。麻原は3年間だけ阿含宗にいましたが、宗教法人の経営を学ぶ為の入信だろうと思います。この阿含宗から麻原が脱会するとき、統一教会から送り込まれていた人物が麻原についていったという確かな情報もある」
      http://blog.goo.ne.jp/tarutaru22/e/9fe1485bc8c20a7e07798d069b38cf46

      と言う内容です。



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  5. 『これ言ったらただの「自己実現牧師」って台詞を考えてみた』⇒に追記させて下さい。
    本当に韓国人の牧師が言ったセリフです。牧師が、日曜日の仕事はよくないだとか、献金だとかの内容に関して少し理不尽(納得のいかない)な事をいったので『牧師先生、先生の言われている事、少しおかしいと自分で思いませんか?』と言ったら、激怒して『あなたは、神様の言葉を信じないんですか!!』とご立腹でした。それでは韓国人の牧師先生に聞きます。『あんたが神か?』自分が神的な発言をする牧師・・・勘違いも甚だしいですよ!

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  6. 勘違いと怒ってもしょうがないのではないでしょうか。韓国の宗教土壌を見ればこんなことは当然のことなのですから。
    韓国は周知のように新興宗教系プロテスタントが流行している土地柄です。韓国語で牧師は「モクサ」といいますが、これを日本語で「牧師」と訳するのが間違っているのです。韓国語の「モクサ」は、日本の感覚でいうならキリスト教の聖職者ではなく、むしろ怪しげな拝み屋に相当するものなのです。よって日本語に翻訳するときは「拝み屋」と訳するほうが適切なのであります。
    怪しいオーラを発する拝み屋だからこそ、日曜日に働くなとか理不尽な献金などという、世間の常識からみると明らかに逸脱していることも平気でいうわけです。拝み屋と考えれば、すべてのことで納得がいくのではありませんか?
    拝み屋でもとくにたちの悪いのは、自分を生き神様と主張しています。この教会も、キリスト教会と考えるから理解できなくなるのでありまして、街中で「○○教会」と看板をかかげている新興宗教の施設(看板からしてすでに怪しげなオーラが漂ってきている)で、中に入ると基地外教祖の拝み屋がいて、「日曜日に働かないのが神のお告げであるぞよ~」「たくさん献金をしないと地獄に落ちると神はおっしゃっているぞよ~」と電波なことをわめきちらしていると考えれば、このケースはすぐに理解できるのではないでしょうか。

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    1. そうですね。
      そうして今や日本に、正統教理だと言う教会だけでなく、異端と言われる教理の教会もどんどん進出して来て、害毒を垂れ流しているのが、韓国のキリスト教系宗教団体です。
      反日と複雑に絡み合いながら、純粋な日本人を騙し、金目当てに商売をしに来ているのが、彼ら韓国キリスト教系宗教団体です。
      多くの日本国内の教会もこれに騙され、引きずり込まれ、反日思想と嘘の歴史認識に洗脳されて、本当にとんでもない事になっているのが実態です!
      反対の声を上げれば、間違い無く村八分でしょう。
      彼ら思考停止の習慣を持っているクリスチャンは、本当に正しい事であろうと聞く耳を持たないのです。

      もはや救いようのない人達がクリスチャンでしょう!

      日本人クリスチャンよ!何処へ行く?!

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    2. 日本人クリスチャンは日本のキリスト教というものに対して完全に自信を失ってしまっているのです。やはり最大の原因は戦争に負けてしまったために、日本はだめだと思い込んでしまったことが大きいと思います。白洲次郎のように「われわれは戦争には負けたが奴隷になったわけではない!」と言い放つほどのプライドを、残念ながら大半の日本人は持ち合わせていないのです。
      戦後は「アメリカ偉い!」となってしまって、戦前だったら絶対に受け入れることのなかったであろうところの、新興宗教系の宣教団体の侵略を受け入れてしまいました。結果として地方にまでキリスト教会ができたとはいうものの、それはわけのわからない新興宗教系プロテスタントで、彼らは狂信的な戒律でその土地の人々の顰蹙をかい、せっかく明治時代から築いてきた「キリスト教」という信頼の貯金を、今もなお食いつぶしているという、非常にばかばかしい状況を作っただけでありました。
      20世紀の終わりからは韓国ですか。「韓国=信者が多い=偉い!」となってしまったために、韓国のプロテスタントが創価学会に十字架をつけただけの怪しげな新興宗教系であるという事実には目をつぶってしまったことがあります。(ちなみに韓国のプロテスタントの教学ですが、キリスト教の基本を知らない者がいくらでもいまして、全体的にみて非常にレベルが低いものです)。
      植村正久や海老名弾丈は、大正時代の第一次ホーリネスリバイバル(これが日本における教会のカルト化の産声だったわけですが)の時も、昭和に入ってからの第二次ホーリネスリバイバルの時も、一貫して新興宗教系プロテスタントには批判的な態度をとっていました。プロテスタントは無法地帯であると(たぶんホーリネスが上陸する以前からだと思いますが)わかっていた彼らは、新興宗教系プロテスタントの危険性にも当然気づいていました。
      もし現代の日本人クリスチャンにできることがあるとするなら、それは植村や海老名の精神に立ち返って、教養主義を復権することしかないのかもしれません。(ただ悲しいことに上品はどこまでいっても下品には太刀打ちできない・・・・苦笑)。

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  7. 以前、通っていた教会の牧師や牧師夫人そして役員がほとんどのところあてはまりましたね。毎年のはじめにヴィジョンを掲げますが、牧師は監視役で教会のメンバーは奉仕の連続!休む暇もなかったです。
    また外部の方を招いての集会やキャンプがある前には献金袋が礼拝時に必ず配られました。結局その人のための交通費や宿泊費等を教会が払えないからだと思いますが・・・。いろいろありましたが今考えると、頭にくることもありますが、哀れだなとも感じています。

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  8. とにかく献金を煽られた。苦しい時ほど捧げなさい。と牧師が促す促す。シングルマザーの私はいつも苦しかったので、楽になりたくて、捧げた、捧げた。で、この繰り返しで一向に良くならない。〇〇牧師は借金してまで捧げたと信者にまた、煽る煽る。これを7年繰り返した。
    戸惑っている信者を見ては30倍、60倍、・・・とまた促される。今思えば頭にくるくらい献金を煽られて捧げた。そんな事に引っかかった自分にも頭にくる。情けない。本当、家族に申し訳ない。神様の名を借りて、そんな事教会でするなや。牧師のほうが我らよりいいもの身につけて、ブランド物買っているやないかーい。

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