2015年5月29日金曜日

(一部の)クリスチャンが使うおかしな言い訳

■ある教会が地域でせっせと伝道しても、全然信徒が増えない。
 その理由は。

→悪霊が地域の人々を縛っているから(マジすか)
→伝道スタッフらに隠れた罪があるから(マ、マジすか)
→毎日4時間以上祈っていないから(いやいやちょっと待ってよ)
→歴史的な呪いに地域が縛られているから(そんなこと言ったらキリがないよ)

 あのー、自分たちの伝道方法についてもっと考えてみません?

■ある教会の慈善事業がなかなかうまくいかない。
 その理由は。

→悪霊が邪魔しているから(またそれですか)
→事業スタッフらに隠れた罪があるから(はいはい)
→毎日4時間以上祈っていないから(その方が仕事が進まない気がする)
→「神の時」でないから(なら始めるな)

 あのー、やる前に事業計画ちゃんと立てました?

■あるクリスチャンの病が癒されない。
 その理由は。

→悪霊が邪魔しているから(もはや定番)
→その人に隠れた罪があるから(そんなこと書いてある?)
→誰かを許していないから(だから、そんなこと書いてある?)
→家系の呪いがあるから(そんなこと言ったら健康な人なんかいません)
→毎日4時間以上祈っていないから(もはや苦行)

 あのー、病院行きました?

■あるクリスチャンが受験に失敗。
 その理由は。

→悪霊に邪魔された(金縛りにでもなりましたか)
→その学校が御心でなかった(じゃあなんで受験した)
→さらに優れた道が示されるため(負け惜しみですか)
→隠れた罪があったから(じゃあ誰も合格できないのでは)

 あのー、ちゃんと勉強しました?

■ある教会の礼拝が盛り上がらない。
 その理由は。

→悪霊が天を覆っているから(絶望的ですね)
→「打ち破り」が起こるまで祈っていないから(何を打ち破るんですか礼拝で)
→全てを捧げていないから(全てって具体的に何ですか)
→会衆の中に隠れた罪があるから(なんか魔女狩りが始まりそう)

 あのー。そもそも礼拝って盛り上がらなきゃダメですか?

解説
 という訳で、一部の教会やクリスチャンらは、何かうまくいかないことがあると決まって悪霊のせいにする。あるいは家系的な呪いとか、地域の縛りとか、隠れた罪とか、そういうもののせいにする。
 それらが100%間違いとも言い切れないかもしれない。けれど徹底的に「他人のせい」「何かのせい」にするその姿勢は、もはや性善説の域である。

 聖書が示す人間像は、性善説よりむしろ性悪説だ。「原罪」という言葉があるけれど、人間は皆いろいろと罪を犯してしまう。例外はない。今後罪をいっさい犯さない人などいない。誰もが心のうちに悪を孕んでいる。

 だから彼らのように「悪霊のせい」「○○のせい」と自分以外の何かのせいにするのは、そういう自分自身の闇に蓋をして、表面的な「正しさ」を繕っているに過ぎない。悪いものなど何もない振りして、ピエロを演じているに過ぎない。と私は思う。

15 件のコメント:

  1. そ〜だと思います。そーやって ずーっと他人のせいにするか、もしくは自分以外の理由を探すので例えば家系だとか、そういう教会の人達は少し高慢に思える時があります。「霊的世界をわかってない あなたたちには言ってもしょうが無い」的な偏見があると思います。愛よりも霊を追い求めた結果、聖書にあるようにその罠にかかっているのだと思います。

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  2. いけいけどんどんのカリスマ・ペンテコ系新進気鋭の教会では、何処も同じようなものです。
    若い人たちが取り入れたら、年配の人でも真似をしてついて行こうとしています。
    特に、欧米思想・韓国思想に侵された教会は。
    トランスフォーメーションだかフォーマーだか、映画とごっちゃになって何だか良くわからないけれど、横文字だと何か物凄い働きの最前線にいるかのような感覚を持ち、リバイバルだと大騒ぎして日本にも興るだとか何だとか。
    ただの宗教なのに、頭がお花畑になった人たちには、何を言っても始まりません。
    いつの間にか何処からか流れてくる情報を、疑う事も無く嬉々として受け入れ、すぐに取り入れてしまう、大教会ネットワークだか何だかの馬鹿牧師ども。
    そしてそう言う連中を有り難がり、羨望のまなざしで憧れる地方の牧師たち。
    そう言えば、霊媒師だか霊能者だかのマーガレット・マクドナルドの夢を聞いて、ウエストコットとホートだかから始まった、聖書に無い携挙思想(ここでは艱難前)を土台としたティム・ラヘイの「レフトビハインド」なる映画、また役者を変えて上映になるそうで。

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  3. 初めてコメントします。
    私が連れていかれた教会ってのも、まさにその通りで、(都内の、年中無休祈りの教会って言えば何処だか見当つきますが)異言だの、癒しだの、韓国から先生をお呼びしてだの…
    自分の想像していたのとは全く異なる世界に面食らいました。
    祈れば癒されると聞いて彼らのいう通りに祈ったのですが、全く癒されず、逆に彼等の言う事を聞いたら
    癒されるどころか症状は悪くなるばかり。半年で見切りを切りました。
    今、関東では自然災害などが起きてますが、彼等は携挙の前触れだ、なんて抜かしているので、頭が痛いです。
    彼等と縁を切って良かったのでしょうが、何かが起きる度に心が痛むのは洗脳めいたのが抜けて無いんでしょうね。




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    1. いわゆる聖書信仰・福音主義・カリスマ・ペンテコステ等の教会が、ここでは要注意なのですが、確かに彼らの言う事を聞いていると「なるほど」と思うのです。
      カトリック教会と、日本キリスト教団等NCC系統のリベラルと位置付けられる教会の事を批判し、「彼らは聖書に従っていない。天地創造や処女降誕、十字架や復活・奇跡などを否定するからだ」と言います。そしてそう言う教会に物足りなさを感じて移ってきた人などは、目から鱗のように盲信してしまう人もいます。
      しかしながら福音主義的教会の説法は、お花畑思考なのです。
      「神が導いたのだから間違いなんてない。神の霊感を受けたんだから間違えだって訂正されて、本当の信仰になっているから、代々そうやって受け継いで真理を追究して、学問的に確立して今に至るのだから、これをやっていれば良いのです」と言って、自分達の神学を正統としているだけ。
      歴史上、どうやってキリスト教が宗教として浮上し、どうやって聖書が編纂され、どうやってローマカトリック教が正統教義を確立して来たか。今の時代調べれば幾らでもその本当の状況を知ることが出来ます。
      客観的に見た場合、首をかしげざるを得ない事の連続です。
      よく福音主義的な教会の人で、神学校へ行ったら勉強ばかりでディボーションが出来なくなるので(暇がない?)信仰を失う、と言います。それは神の声を聞けなくなるからだそうです。
      勉強しに行ってるんだから当たり前でしょうに。
      だから、正式なきちんとした神学校・神学大学等を出ないで牧師になったりする人が、問題を起こしやすいのかも知れません。
      ディボーション等がクリスチャンならば必須だ、様な事を言う教会は何処でも「マインドコントロール=洗脳」の最前線でしょうね。

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    2. 都内にある年中無休の祈りの教会というのは、例の婆原彰晃教祖が関係していたあそこのことだと思います(笑)。
      あそこは新興宗教系プロテスタントによくある終末詐欺がずいぶんお好きのようです。ちょっと震災や悪天候があると、「世界の終末が近いからだ!」となってしまって、終末詐欺でとにかく金をむしりとってやろうと躍起になるのが特徴といえば特徴なのかもしれません。
      祈れば癒されるなんて創価学会そのものです。新興宗教系はどうして仏教でもキリスト教でも同じことをいうのでしょう?
      終末詐欺の新興宗教系プロテスタントと縁を切ったのは非常に賢明な判断でした。もしそのまま残っていたなら、重大な病気になっていても「祈って治せばいい」という指導を受けることになるので、下手をすると命を落とすことになっていたでしょう。

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  4. 教会は今おかれている現状を、きちんと自分の身になって分析していないとブログをみて感じました。企業なら、不採算のところを見直すこと、切り捨てることなどをします。先日あるメーカーが不採算事業を見直す報道を見ています。これは痛みを伴います。教会という集まりも同じでしょう。身を切る覚悟もいるはずです。また身の丈に合った運営が必要でしょうね。

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    1. 残念ながら、福音主義的・カリスマ・ペンテコステ系統の新興宗教勢力は、身の丈等考えていないでしょう。
      神が言われるんだから、聖書が全て正しいんだから、この教えが正しいんだから、御心をやらないと携挙に漏れるだの(笑)、神の喜ばれる人生こそがクリスチャンの成すべきことだ・・・・等など。
      こんな事を考え・教え・実践させている教会・牧師に、世の(笑)価値観など説いてもムダです。
      彼らは盲信団体ですから。御心の実現のためには(笑)信者の財布をゆすれば良いのです。講壇から日曜日毎に脅して・宥めすかして・また脅して、持っているお金を御言葉で脅して「ほら、書いてあるじゃないか!」とマラキ書を開いて、この世の事にお金を使うのと、今神に捧げるのとどちらが良いのですか?と二者択一を迫り、結局は捧げる事を選ばせるのですから!
      足りなくなれば、講壇から脅せば良いのです(笑)

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    2. 牧師という立場の人はその場しのぎで、聖書をつかって教会に通う人を翻弄していく、そして発言の責任は負わないし、逃げていくでしょう。
      天狗になってますね。

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  5. 何でもかんでも 「神様に聞いて」っていううちの牧師。み声聞こえないから相談してるのに、何でもかんでも そー簡単に神から答え来たら 牧師の存在する意味は?依存のし過ぎもよくないが、これって職務放棄 怠慢じゃね?
    ちなみにそこの信徒、靴欲しそーにしてたから、「買えば?」っていったらば、5000円の靴買うにも、「神様に聞いてから」だって。信仰あるなーなんて思いませんから。

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    1. ものを買う時にいちいち「神様に聞いてから買うかどうかを決めます。」という発想が浮かんでくること自体、その新興宗教系プロテスタントの教会が、異常な指導を行っている証拠ではないでしょうか。正常な指導を行っている普通の教会では、そもそも「神様に聞く。」という発想自体が、ほとんど頭に浮かんでくることはありません。
      私が知っている中で「神様に聞いて○○を決定する。」という発想が出てきたのは、たった一つしかありません。それは聖心女子学院の初等科だったと思います。詳しいことはあまり覚えていませんが、シスターが保護者を前にしてこういったのだそうです。
      「私どもは何が子供たちの教育にとって最良なのかを、常に神様にお祈りして決めております。もしこの先、当学院の教育方針について、どうしても我が家には合わないとお感じになることがございましたら、どうぞご自由にお申し出ください。速やかに転校手続きをおとりいたしますので。」

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    2. |何でもかんでも 「神様に聞いて」っていううちの牧師。

      それ、遠まわしのNoだから。

      特に異性結婚問題なら。

      察してあげましょう藁

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    3. なるほど・・・・遠まわしのNoだったのか・・・
      気づかなんだ・・・
      日本人ってややこしい・・・
      責任負いたくないからNo だったのか・・・
      責任負いたくありませんっていう空気読めなかったっす。
      かたじけない・・・

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  6. 学生のころ、パートナー関係にあった短大生の証。

    「私の家に教会の姉妹から電話があって、私朝から熱あるので礼拝休むと牧師に言ってください、と言われた後、電話切って、姉妹がいやされますよう、サタンの妨げを取り除いてください!と祈ったら、即熱が下がって、無事に礼拝に出てきたのです。ハレルヤ♪」

    凄い話、まるでムーの不思議体験コーナーではないか。

    しかも微妙に自慢入ってるのに気がついてないし。

    いやされたのはいいけど、30年前のその時でも違和感感じたし、

    ましてや、今ときたら…!!

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  7. 「サタンにやられた。エペソ4章の武具を付け忘れたから・・・」って  怖っ。
    それって、偶像じゃねぇ? お守り? はたまた 新約まだ読んでないのか?
    「武具忘れたら OUT」って、真顔で言ってた、クリスチャン。おもわず、イエスが十字架にかかってくれた事言いそびれちゃったよ。

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    1. すべて完了済みで、あとは何も必要無いのにね!!
      福音派・ペンテコステ・カリスマは、本当におバカな人達です!

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