2015年5月13日水曜日

検索ワードに見るクリスチャン(?)の関心事

 当ブログを訪れて下さる方のうち、ネット検索で来られる方が一定数おられる。
 その検索ワードを見るのが実は楽しい。
 どんなワードで当ブログが検索されるのか単純に興味があるし、来られた方々(主にクリスチャン?)の関心事にも興味がある。検索ワードを見ていると、そういう動向が少し見えてくる気がして、気づくと毎日のように見ている。

 検索ワードは1日単位とか1週間単位とか1ヶ月単位とかでまとめることができるけれど、この1週間分のワードはなかなかの粒揃い(?)で笑えたので、紹介してみることにする。

 以下、5月5日~5月12日の当ブログに来られた方の検索ワード(順不同)。

・クリスチャン 恋愛

 あー。やっぱり恋愛って関心事なのね。
 もちろんいいんですよ。人は人を好きになるものだし、同じくらい人を嫌いになるものですから。
「恋愛禁止」を公然と、あるいは暗に課している教会ってありますね。そういう教会って他のいろいろも禁止していて、たとえば日曜勤務のある仕事はダメ、親戚の法事なんか行っちゃダメ、寄留者なんだから家買っちゃダメ、みたいなこととか言ってます。
 そういう教会、何て言うか知ってますか? ダメダメ教会って言います。あ、それだと違う意味に聞こえるか。
 ちなみに恋愛についてどうこう書き出すと長くなるのでここではやめておきます。

・クリスチャン 疲れた

 あー。お疲れ様です。何があったか知りませんがいろいろ大変だったと思います。詳しい状況は知りませんが、ゆっくり休めることを願っています。

 人生に疲れ、生きる気力をなくし、藁にもすがる思いで教会の門を叩いた人が、福音を信じてクリスチャンになる。そしてそこに存在価値を見出だして一生懸命教会に(牧師に)仕えるのだけれど、やがて疲弊し、結局人生に疲れている、いったい何のための努力だったのかわからない、みたいなケースは多い。

 牧師はいろいろ言うだろうけれど、休みを得るはずの教会で結果的に疲れているとしたら、それはどこか間違っているのである。その間違いが何かはケースバイケースだけれど、少なくとも信徒の側だけの問題とか、牧師に何の問題もないとか、そういうことは考えにくい。むしろ教会の長である牧師の責任から考えた方が話が早いくらいである。

・クリスチャン 結婚

 これは常に検索ワードに出てくる言葉ですね。やっぱりクリスチャンにも結婚は関心事なのでしょうね。
 先日も「つりあわないくびき」の箇所だけ取り上げて「未信者との結婚なんかあり得ない」みたいなことを声高に主張する人がいましたけど、さてさて聖書をどんなふうに読んでいるのかすごく不思議です。

・クリスチャンになって変わったこと

 要するにクリスチャンって何なの、どんなメリットがあるの、って話だと思います。
 そうですね。クリスチャンになると、まず毎週日曜が潰れるようになります。あと金銭的にも厳しくなるでしょう。交遊関係がグッと狭まるかもしれません。それと、職場の飲み会とか毎回キャンセルする羽目にもなります。趣味なんか持てないかもしれません。
 それで逆にメリットはと言うと・・・偉いクリスチャンの方々に是非とも聞いてみて下さい。

・ハリーポッター 悪魔崇拝

 きましたね、わかりやすいオカルト批判的な話。
 ハリーポッターに限らずですけれど、これを見たら悪魔の影響を受けるから良くない、みたいな話に共通するのは、「十字架の無効化」「救いの無効化
」という点です。救われたはずの人たちに、あんたらまだ救われてないよ、これこれをしなければダメだよ、と余計な律法を押し付けている訳です。

 また、「見なければいい」「避けていれば大丈夫」という点で、場当たり的な信仰の姿勢と言えます。その場しのぎ、あるいは問題の先延ばしに過ぎません。根本的な解決から目を反らし、「見なきゃいいんだよ、見なきゃ」と自分と他人に言い聞かせているだけです。

・生涯未婚

 これはまた珍しいワードですね。パウロのように生涯独身を貫こうと言うのでしょうか。

 結婚するもしないも個人の自由だと私は思います。そもそも結婚はしようと思ってできることでもないので、まあ人生の成り行きというか、巡り合わせというか、そういう要素も大きく絡んでくることでしょう。
「これ」という明確な答えはどこにもありません。聖書には結婚に関するアドバイスは載っていますけれど、個人レベルでどうするかはやはり個人が考えて決めなければなりません。

 結婚を「神に語られて」決めるというムーブメントがありますけれど、それは限りなく他力本願な人生に他なりません。
 それよりは、「神が定められたルールにのっとって」自分で決める、というのが自立したクリスチャンの姿ではないかと私は思っています。

・酒辞めたくない クリスチャン

 何か切実な気持ちが伝わってきますね。
「クリスチャンとして酒をやめるべきだと思う。でもできない」みたいな話でしょうか。
 前提の部分から覆してしまうので恐縮ですが、まずは「クリスチャンは飲酒してはいけない」という部分から疑ってかかったらいかがでしょうか。明確に飲酒を禁じている聖書箇所があるなら、教えていただきたいと思います。

 以上、昨今の検索ワードに見るクリスチャンの関心事。また面白いのがあればやる予定。

5 件のコメント:

  1. 呑みながら、書いております。
    全て、律法的な基準での事ですよね。
    自由人として申し上げます。
    一切のこだわりから解放されて、トキメク恋愛は大いにした方が、身のためです!
    何のしがらみも無い状態で、大いに人生を謳歌してください!!!

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  2. イエスもよく宴会してたのにね。
    あの頃のワインは上質だと思ってる。

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    1. そうですね♪(’-’*)♪
      大酒飲みの大食らいとかなんとか…………
      要するに、御都合主義なんですよ!
      自分達に都合の悪い聖書箇所は、これは違うんですよ~こうでああで……自説展開~
      イエスだってアルコ-ルを飲んでたでしょ?何故駄目なの?( ・∇・)
      いやそれは、水が悪いから水がわりに飲んでいたのですとか、神が造られた世界でアルコ-ル発酵があるのだから!と言えば、いやそれは、神が造られた物でも、悪魔が利用するのだからとか。何でもかんでも御都合主義。
      牧師に質問してご覧なさい!
      次から次へと、御都合主義の回答ばかり聞けますよ~(  ̄▽ ̄)

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    2. あの頃は「水が悪いから水がわりに飲んでいた」と言われた。(笑) じゃあ、神様は2000年後3000年後水が良くなること、ろ過する技術が良くなることなど、見とうせなかったのか?聖書を時代の流れでかえて解釈するなら、全て、「今の時代にはそぐわない」で片付けられる。そんなのは すり替えの神学で聖書は足しても、引いてもいけない。と人間の都合主義の性質をよく理解していたからこの御言葉があるのだと思っている。聖書はとてもシンプだが、人がそれを複雑にする。真理はまっすぐでなければいけない。そうでなければ、その恵も見落としてしまうだろうから。

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    3. そうそう!!
      「水が悪いから、水代わりに飲んでいるんだ」と言って、日本は水が良いから必要なし! 
      えっ? 
      日本人クリスチャンって、井の中の蛙と同じですよ。
      全てにおいて、世界の事な~んにも知らなさすぎです。
      だから!ヘンなムーブメントに乗せられ、カネと時間を無駄にさせられ、時代の最先端を言っているかのごとくに思わされ・・・・・etc
      本当にお気楽でお花畑で救い様の無い人達!それが日本人福音派系統のクリスチャンです@@

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