もしも桃太郎がカルト的牧師だったら・後篇

2014年10月26日日曜日

もしもの話

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 さて、犬と猿と雉の献身的な働きにより、鬼ヶ島出発の準備は整った。
 寝不足で疲労困憊の3人に、桃太郎は言う。「よくやった、忠実な僕たち、と主が言っておられる。喜びなさい、あなたがたの受ける報いは大きいから」
 3人はその言葉に力を得て、また頑張ろうと思った。
 そして犬くんが手配した超格安の船に乗り、一行は鬼ヶ島へ。
 
 島は三方を断崖に囲まれた、見るからにオドロオドロしい様子である。空は曇り、海鳥たちは不吉に鳴く。遠くで稲光が閃く。それを見ながら桃太郎は言う。「みんな、恐れるな。これは主の戦いだから。もし私たちが殉じても、なお主は栄光を現して下さる。だから私たちは主のため、命が尽きるまで戦うのみだ」
 3人は恐れる心を一生懸命克服するため、聖書の言葉をいくつか大声で宣言した。そして御言葉で「武装」したつもりになった。
「オレ、この戦いが終わったら、帰って彼女にプロポーズするんだ」と犬が死亡フラグ的な発言をすると、猿も雉も泣きながら犬を励ました。「大丈夫、オレはお前を見捨てねえ」と猿。「いつまでも一緒だよ」と雉。みんなクサい。
 
 ついに島に上陸。松林にかこまれた浜辺は静かで、誰もいない。けれど林の向こうに煙が上がるのが見える。
「向こうに集落があるようだ。さっそく鬼と遭遇するのか。けれど恐れるに足りん。こちらには天の大軍勢が付いているのだから」
 桃太郎はそう言って浜辺を進む。犬、猿、雉もそれに続く。
 林の向こうを覗き見ると、そこは人間たちの集落であった。「よし、偵察だ。君たち、カナンの地を偵察したヨシュアとカレブのように、敵地をじっくり探るんだ。けれど、不信仰な報告をしてはいけない。信仰により、肯定的な報告をするんだぞ」
 
 3人が偵察から戻った。桃太郎は木陰でうつらうつらしていた・・・けれど、3人の気配を感じて、とっさに眉間にシワを寄せた。「おおおぉ、主よ主よ主よ・・・」
 祈っている振りである。けれど3人にはそんなこと知る由もない。
「桃太郎、祈っているところゴメンよ」と猿。「偵察、してきたよ」
「うむ、どうだった」
 3人の話はこうだった。

 島の集落には百人ほど人がいて、貧しいながら、仲睦まじく暮らしている。ただ、島の天気は荒れやすく、台風で畑の収穫が台無しになることも多い。深刻な食料難になることもある。けれどそういう時、山から鬼たちが降りてきて、食べ物を分けてくれる、という。
 彼らの言う鬼とは、どうやら渡来人のことのようだった。真っ黒い肌や真っ白い肌、青い目、金色の髪をした連中で、物珍しさから、「鬼」という渾名がついたようである。
「も、桃太郎」犬がビクビクしながら言う。「もしかして、鬼たちって、良い人たちなんじゃ・・・」
「そんなはずがあるか!」桃太郎は激昂する。「私が40日40夜、断食して祈った結果なのだ。鬼たちの悪い霊性が、この地域一体を覆っているのだ。お前まで騙されてどうする! この犬畜生め! まだまだ信仰が足りんな。それに霊性も低すぎる」
「ご、ごめんよ、桃太郎」犬はうつむく。
 猿が言う。「で、どうするんだよ、桃太郎」
「ううむ・・・」桃太郎はまた眉間にシワを寄せた。「おおおぉ、シャバラバラバラ・・・」
「あ、異言が始まったわ」と雉。「主と語り合っているんだわ」
「おお、そうだ」と猿。「きっと、主からの啓示があるぞ」
 しばらくして、桃太郎は目を開けた。「よし、主からの戦略が与えられた」
「おお、どんな?」と3人。
「これは霊的戦いだ」
「霊的戦い?」
「そうだ、私たちの戦いは血肉によらない、と聖書に書いてあるだろう。だから今回、刀や斧や弓矢は使わない」
「じゃ、どうやって戦うんだよ?」と猿。
「行進だ。ヨシュアがエリコのまわりを7日間回ったように、私たちもこの島を7日間回るんだ。そして最後の日、ときの声をあげる。すると、敵の城壁が音を立てて崩れ去る。そう主が言っておられる」
「おお、なら簡単だ。よし、さっそく始めよう」
 という訳で、桃太郎一行による地味な行進が始まった。1日目、2日目と過ぎていく。何も起こらない。そして7日目。最後の行進が終わると、桃太郎は刀を振り上げた。「よし、ときの声をあげろ!」
 3人、「エイエイオー!」
 ときの声が木霊して、木々のむこうに消えた。
「ん、何か起こったか?」と猿。
「何も聞こえない」と雉。
「何も見えない」と犬。
いや、起こった!」桃太郎は両手を挙げ、仁王立ちで言う。「ハレルヤ、この島を覆う暗闇のベールが、今、打ち破られた! 君たち気づかなかったのか? そして天の御国が、この地に降りてきた! おお・・・、こ、これはすごい。・・・おお、ハレルヤ、主よ!」
「そ、そうか、霊の領域のことだ!」猿は歓喜して言う。「そ、そういえば、確かにオレも感じた。天が打ち破られるのを!」
「わ、私も感じたわ! ハレルヤ!」と雉。
「う、うん、ぼ、僕なんて、は、はじめから感じてたよ!」と犬。
 そして4人のバンザイが、しばらく続いた。
 
 ある老人が、集落の隅で薪を割っていた。ふと、砂浜から何か聞こえた気がした。「バンザイ」と聞こえたようだった。しかし耳を澄ましても、それは風の向こうに、かすかに聞こえるだけだった。
「空耳か」
 老人は薪割りを続けた。(後日談に続く)

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