お約束の人間ドラマを楽しめる『ザ・タワー 超高層ビル大火災』のレビュー (その2)

2013年12月7日土曜日

こだわり映画評

t f B! P L
韓国映画「ザ・タワー 超高層ビル大火災」の解説(続き)。
 詳細なあらすじは前回の記事へ。

■見どころ1「クサくてありがちな人間ドラマ」

 ちなみにこの表現は褒め言葉である。
 どこかで見たようなキャラに設定に台詞ばかりで、ステレオタイプとか想定内とかいう意見もあるだろうけれど、私は逆にそこがいいと思っている。今年はドラマ「半沢直樹」が高視聴率を得たけれど、あれも基本構成はベタベタな人間ドラマだったし、多くの人はそういうわかりやすさとかスッキリ感といったものを求めているのだと思う。
 この映画の真価も、迫力のVFXとか空前のスケールとかでなく、そういう明快な人間ドラマにあると思う。
 ここで、特に注目のベタドラマをまとめてみたい。

・デホとハナ、そしてユニ
 この映画はデホとハナの父子関係に始まり、同様に終わっている。その意味でもこの作品の主人公はこの父子だろう。
 火災発生時、デホは地上にいたから、逃げることもできた。けれど娘を助ける為すでに階段を駆け上がっている。以降いかなる時も娘を守るし、他の生存者も一人として見捨てない。特に印象的なのは、カン隊長に地上に戻るよう指示された時に返す言葉だ。「あなたなら逃げますか? 娘を置き去りにして?」
 デホは特にこれといった能力のない平凡な男だけれど、それゆえ観客は彼に共感し、彼の視点で物語を見るだろう。だから映画の最後、無事デホとハナとユニが再会を果たす場面を観て、私たちはやっと息をつける。
 ユニもまた、正義の象徴としてデホと双頭を成している。女性は彼女を通してこの映画を観るのかもしれない。

・カン隊長と新人消防士ソヌ
 カン隊長は「伝説の消防士」と言われるだけあって、全編を通じて超人的能力を発揮している。火元の消火シーンはこの作中で一番見応えのあるアクションだが、まさにカン隊長の独壇場である(私は瞬間、スパイダーマンを観ているような気分になった)。最後、生存者を逃がす為に雨水タンクを爆破するのだが、肝心のリモコンを落としてしまう。誰かが手動で爆破するしかないという状況の中、隊長ははじめから自分が犠牲になると決めている。このへんは「アルマゲドン」や「ディープインパクト」にみられる自己犠牲パターンを真似ているのだろう。ただ普通と違うのは、起爆寸前に妻にメッセージを残した後、弱々しく泣くところにある。カン隊長はあきらかに超人として描かれているけれど、そういうわずかなシーンに、弱さが描かれている。
 冒頭の方でカン隊長は奥さんのためにケーキを買うのだけれど、注文の仕方もよくわからないドンくさいオヤジみたいになっている。結局ケーキは予約となるのだけれど、カン隊長は来られない。「消防士さんの予約」と書かれたケーキが一つ、ショーケースに残されているショットが短く映されるのも、いい感じでお約束だ。

 一方で新人消防士のソヌは、いわゆる「意識高い系」の若者だ。赴任したての分際で、先輩たちに苦言を呈するほど血気盛んで生意気だ。しかし初出動となる今回の超高層ビル火災が、そんな彼にとって手厳しい洗礼となる。
 その第一のシーンは、ハナを救助した後のヘリ発着場での一コマ。ハナをヘリに乗せるのだけれど、先輩消防士に「お前も乗れ」と言われるまま、ヘリに乗り込む。ヘリが浮上する寸前、先輩が言う。「ソヌ、良い消防士になるんだろ」
 実はそれが最後のヘリで、もう救助ヘリは飛べないのだった。ソヌは先輩が自分を助けてくれたのだと知り、すでに小さくなっている先輩に向かって必死で叫ぶ。けれど声は届かない。
 もう一つのシーンは、結末のカン隊長が自ら犠牲となるところ。早く避難するよう隊長に言われるのだが、ソヌは「自分が残ります」と言う。しかし隊長に諌められる。「ソヌ、これはお前のためじゃない。お前が助けることになる大勢の人々のためだ。忘れるなよ」

・清掃婦とその息子
 おそらく母子家庭だと思われる。大学生の息子のため、母は「タワースカイ」で一生懸命働いている。火災発生時、高層階にいた母はいち早くエレベーターに乗るのだけれど、従業員だからということで降ろされる。しかしそのエレベーターが途中で爆発炎上してしまうので、九死に一生を得たことになる。その後もこの母がどうなるのか、我々は不吉な予感とともに見続けることになる。
 それほど出番はないから、母の細かな行動はわからない。デホが中華レストランにたどり着く前、この母が瓦礫に足を挟まれて動けなくなっているところに遭遇する。デホは彼女を助けるのだが、母はすでに死を覚悟しているのか、しわくちゃの包み紙をデホに差し出す。「息子の大学の授業料です。息子に渡して下さい。息子の名は…」
 しかしデホは彼女を担いで歩き出す。以降、母は彼らと行動することになり、無事生還を果たす。
 息子は母に対して冷たいのだけれど、まあ思春期後期の反抗期みたいなものだと思う。母子家庭というコンプレックスもあったかもしれない。母に苦労をかけている自分自身や状況が許せなくて、苛立っていたかもしれない。しかしバイト先でタワーの火災事故を知り、「母さん」と呟いてそのまま駆け出す。なんだ、やっぱ心配なんじゃん。

■見どころ2「わかりやすい風刺」

 第一の風刺は富裕層に対してである。この映画は基本、金持ちや権力者を悪く描いている。冒頭から司祭や清掃婦をいじめるセレブ女は、火災発生後も優先的に救助され、何の苦もなくヘリで脱出している。金持ちはいつも優遇され、緊急時は貧しい者を身代わりにして助けられ、逃げおおせる。そういう現状があるんだと訴えているように見える。

 第二の風刺は、クリスチャンに対してだと私は思った。
 冒頭から「司祭」と呼ばれる男性が登場し、本編と並行する形で、彼の物語が描かれている。ちなみに日本語の字幕も吹き替え「司祭」となっているが、プロテスタントのような気がする。正確には「牧師」かもしれない。
 彼は宝くじに当選して、このタワーに入居してくる。そしてイブの夜、信者を数人集めてパーティ(?)のようなことをしている。集まった面々というのがまた能天気そうなのばかりで、「ハレルヤ」と「アーメン」を繰り返すばかり。火災が発生しても「主よ、お助け下さい」と叫ぶばかりで、動こうとしない。すぐそばで火が燃えていても消そうとしない。消防隊が助けに来て、言われるままに避難するしか能がなく、「まったく別世界の人間」として描かれている。
 韓国はアジアの国では珍しく人口の3割がクリスチャンで、キリスト教文化というのがある程度は浸透していると思われる。が、そういう国でクリスチャンがこういう風に描かれるのが、何を意味するのかよくわからない。けれど少なくとも、韓国の「牧師先生様」や「長老様」がこれを観たら、気分を害するのではないかと思う。

※今回はこのへんで終わり。また何かあればその時に。

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