カルト化教会を抜け出す方法

2013年11月2日土曜日

カルト問題

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 自分がカルト化教会にいると仮定し、そこから抜け出す方法について考えてみた。

 ただし、自分の教会がカルト化していると認識できるのは、その教会にある程度献身しており、専任の奉仕があり、責任ある立場にあって、かつ教会のカルト化という問題に理解があるからだと思う。そこまでコミットしていない人なら見えないことは沢山あるから、「抜け出す」ほど深刻な事態にはならないし、そもそもそんなこと考えないかもしれない。
だからこの仮定は、献身者とかスタッフとか働き人とかと呼ばれる、教会に多くの時間を捧げている人たちに向けたものだと思う。

■円満な方法:遠方に引っ越す

 単に逃げるだけじゃないかと思われるかもしれないけれど、円満に教会を離れるにはこれが最も良い方法だと私は思う。
 仕事の都合、学校の都合、親の都合、実家の都合など、様々な都合が引っ越すキッカケとなるだろう。そのタイミングで教会を離れれば、誰にも咎められない。歓送会など開いてもらって気持ちよく出られるし、他の信徒との交流も続けられる。
 ただこの問題点は、引っ越すタイミングを自分で決めにくいということだ。もちろん転勤になったとか嘘をつけばいいのだが、嘘をつけない人には難しい。
 もう一つの問題点は、教会自体は何も変わらないということだ。独裁的だったりカルト的だったりという体質自体はその後も続く。もっとも、自分が出た後どうなろうと関係ないと割り切れるなら、それでいいかもしれない。

■絶対やってはいけない方法:リーダーとケンカする

 この「ケンカ」とは、「準備のないケンカ」であり、突発的、衝動的なものだ(ケンカに準備も何もないかもしれないけれど)。
 成り行き上、リーダーと衝突することはあると思う。意見の相違はあって当然だし、一緒に何かをすればぶつかって当たり前だからだ。けれど変に従順な信徒は、そこで簡単に折れるから問題にはならない(それが聖書的従順だと信じている)。
 けれど信念やポリシーや、のっぴきならない事情がある信徒は折れない。あくまで主張を曲げない(曲げられない)。その相手である独裁的・カルト的リーダーも自分の主張を曲げないだろうから、平行線のままケンカだけがエスカレートしていくことになる。
 その結果どうなるかと言うと、信徒の方が追放処分となる。理由は不従順とか不信仰とか罪とか、そういう不名誉なことに一方的にされてしまう

 これは信徒にとって損なだけだ。教会を抜け出せたという点では良いのだが、以降出入り禁止にされるし、他の信徒との連絡も禁じられる。何より不信仰のレッテルを貼られるし、方々の教会にそれを言い広められることもある。下手すると、キリスト教界からの追放にもなり得る(そういうケースは実際にある)。

■辞めますと言って辞められないのか

 ここまで読んでいただいて、「辞めたい時に辞められるはずでしょ」と疑問に思われたかもしれない。もちろんそうやって辞められる教会もあると思う。けれど、そうできない教会はある。

 ポイントは「その教会にとって(というよりリーダーにとって)有用な人間かどうか」にある。何かずば抜けた能力があるとか、特徴があるとかで「必要性な存在」となっている信徒は、リーダーが手離さない。もしその信徒が「疲れたから辞めます」とか言うと、「途中で投げ出すのは不信仰だ」とか「今は辛抱してそれを続けることが主の御心だ」とか「御心に背いたら祝福がない」とか言われる。それでもあくまで辞めると主張すると、前述のような追放処分となる。ひどい痛手を負うことになるだろう。

 逆に(リーダーにとって)有用でない人間は、それほど引きとめられない。けれど有用でないなら、そもそも重要な立場にはなっていないだろうと思う。

■私が思う正攻法:覚悟と準備をもって不正を暴く

 これは衝動的なケンカの反対である。入念に慎重に準備する期間と、最後までやり切る覚悟が必要だ。
 しかしこれは感情に任せてリーダーと対立することではない。批判したり裁いたりすることでもない。どちらかというと淡々と、リーダーの(あるいは教会運営上の)明らかに法に触れる行為や、そうでなくてもクリスチャンの倫理に反する行為の「証拠」を集めていく作業だ。録画や録音、ミーティングの記録や会計記録、誰かの証言などが有用だと思う。そしてその証拠をもって、批判とかでなくあくまで事務的に、その不正の責任を負わせることだ(書くのは簡単だけれど、これを実行するのは大変な労力だと思う)。
 
 しかしそういう証拠を突きつけて、リーダーと直接対決するのは得策ではない。そういうリーダーは保身のためなら何でもするし、何とでも言うからだ。感情的にやり合うのも、大きな負担になる。
 それより、まずはそういう証拠をもって第三者に相談するのがいいと思う。法に触れているなら警察に相談できるし、そうでなくても弁護士に相談することで、自分では思いつかない方策を教えてもらえたりする。あるいはカルト問題に詳しい牧師やクリスチャンに相談してもいいかもしれない。いずれにせよ、味方を作ることは重要だ。

 その結果、やはりリーダーと対立することにはなるだろう。けれど、証拠固めと第三者のサポートがある以上、一方的な追放とか不信仰呼ばわりとかは避けられると思う。その結果どうなるかは何とも言えないけれど。

 もっとも、これは教会を「抜け出す」方法というより、教会を改革する方法だろう。大変な労力がいる。時間もかかる。そこまでの犠牲は、普通なら払えないと思う。
 そういう場合は、やはり「引っ越す=教会と物理的な距離をとる」が一番いいのかもしれない。逃げるのは卑怯だと思われるかもしれないが、そもそもそこまでして教会に付き合う義務はないだろう。
 
■根本的な問題

 ここまで教会を抜け出す方法、改革する方法について簡単に書いてきたけれど、一番最初に必要なのは、抜け出さなければならないという必要性に気づくことだと思う。自分の仕えている教会がカルト的で、偽りの御心によって搾取され、訓練と称する虐待に遭っているのだと認識できなければ、何も始まらないからだ。

 しかし私の経験によると、そこまで深く献身し仕えている信徒は、自分の教会やリーダーの問題点には気づきにくい。どこかで疑問や違和感を感じているとしても、それを取り上げることは不信仰なことに思えるだろう。「敬虔な」信徒ほど、そんなことできないのではないかと思う。

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