2013年9月6日金曜日

知ったがゆえの苦悩、知らないがゆえの安楽

 原発関連の報道を見ていると、東電はまだ何か隠しているのではないかと疑いたくなる。先日汚染水の海水への流出が露見したばかりだけれど、まだまだ私たちの知らない何かがあるような気がする。

 真実を知るのは大切なことだと思う。例えば殺人事件の被害者遺族なら、事の真相を何が何でも知りたいのではないだろうか。今回の原発問題にしても、現在本当に何が起きていて、今後どうなっていくのか、そしてどんな対策がなされていくのか、多くの人が知りたいと思っているだろう。特に避難を余儀無くされている住民の方々には、切実な問題のはずだ。

 話は変わるが、映画「マトリックス」は技術的にも物語的にも、革新的だったと思う。私の好きな映画ランキングを作ったら、間違いなく上位5本のうちに入る。
 主人公ネオはある日、自分がずっと仮想空間で生きていることを知る。クスリで現実世界に目覚めてみると、そこは人間が機械によって「飼育」されている荒廃した地球だった。ネオはレジスタンスに加わり、現実と仮想空間とを行き来しつつ、機械との戦いに身を投じる。

 と、いうのがあらすじだ。この仮想空間での戦いが革新的技術によって描かれるのが、本作最大の魅力だろう。
 だからこう言うと元も子もないのだが、ネオは現実世界に目覚めないほうが幸せだったのではないか、と私は思う。真実を知って目覚めたがゆえ、彼は幾多の困難に直面し、葛藤し、最後は命を落とす(?)ことになる。目覚めなければ、それなりの人生を送ることができたはずなのにだ。もちろんそれが偽りの人生であり、それが彼の選択であるのはよくわかっているが。

 真実を追求することは、時として困難に立ち向かうことを意味するのだと思う。知らないがゆえに済ませていたことが、もう済ませられなくなるからだ。

 福島の原発事故の処理はまだまだこれからだし、根本的な原発問題に関してもまだ何も解決していない。これから先、更なる真実が明らかにされ、その悲惨さに、多くの人が目を覆いたくなるかもしれない。更なる戦いが起こり、更に多くの犠牲が払われることになるかもしれない。

 決して東電や政府を擁護するつもりではないが、 知らない方が良かった、ということにもなるかもしれない。知らない方が何も変えず、幸せに生きられたのにと後悔する人がいるかもしれない。

 これは極端な話だが、例えば放射能漏れが致命的なレベルとなり、東京都を含む東日本全域が避難地域に指定されたとしたらどうなるだろうか。避難したくてもできない、という人が少なからずいると思う。そういう人たちに、その真実を知らせることが果たして良いことなのかどうか、検討の余地があるだろう。

 真実を知るとは、後戻りできない道を進むことなのだと思う。

 私も属していた教会が解散となり、信仰の誤りを知るに至った。その事実を知ったことで、多くの苦悩を通ることになったのは間違いない。その苦悩や、まだそのことで傷つき苦しんでいる人たちのことを思うと、知らないで済んでいた方が良かったのでは、と思うこともある。

 知ったがゆえの苦悩、知らないがゆえの安楽。

 それが選択可能なオプションとして提示されたとしたら、果たしてどちらを選ぶべきだろうか?

追記)
 余談ではあるが、「マトリックス」シリーズの完結篇である「マトリックス・レボリューションズ」の結末でネオが死亡したのかどうかは定かでない。

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