クリスチャンはクリスチャンと結婚しなければならないのか、あるいはノンクリスチャンとでもいいのか、賛成派と反対派の議論は、永遠の平行線をたどるような気がする。
私個人の意見は、クリスチャンとノンクリスチャンの結婚は「あり」だと以前書いた通りだ。
が、ここで不毛な議論をする気はない。
この議論の背景にあるのは、日本のクリスチャンの絶対数の少なさであろう。
クリスチャンが「結婚相手は同じクリスチャンがいい」と願うのは自然なことだろうが、それを絶対条件にすると、絶対数が少な過ぎて相手が見つからない。じゃあその絶対条件を外した方がいいんじゃないか、という合理的な考え方に、この議論の出発点があると思う。
が、結婚というものを考える時、相手が同じ宗教かどうかという点は、大小の差はあれ、数ある条件の中の一つに過ぎないのではないかと思う。その証拠に、「クリスチャンなら誰でもいい」なんて人はいない。
私は結婚して20年弱だから多少は言う権利があるだろうが、結婚はするまでよりも、した後の方が大変だ。いろいろな点でぶつかったり、すれ違ったり、ケンカしたりを繰り返す中、少しずつ少しずつ、相手と自分を摺り合せる作業だからだ。その激しい衝突の最中に「同じ神様を信じているから大丈夫」なんて平和なことが言える人がいるとは思えない。
もちろん、その結果夫婦として良い関係を築いていければ、非常に充実した、幸福な結婚生活となる。結婚って素晴らしいと思えるだろうし、人にそう言えるようになる。
が、必ずそうなるとは限らない。
クリスチャンと結婚することと、結婚生活が成功することとは、まったく別問題だ。
だから「クリスチャンであることが条件だ」というのと同じくらい真剣に、それ以外のいろいろな条件についても考えなければならないと思う。結婚してみないとわからないことも多いけれど、自分との相性とか信頼感とか倫理観とか、人間として吟味すべき点はたくさんある。また、クリスチャンだからいい人間だ、ということは絶対にない。
そう考えると、「クリスチャンと結婚すべきか」という議論は、非常に視野の狭い話に思えてならない。
そういう二者択一に単純化できるほど、結婚はシンプルなものではないと思う。
もっとも、日本では結婚について教えてくれる人がいない。学校でもどこでも、教わっていない人が圧倒的多数ではないだろうか。教会でもしかりだ。
だから結婚相手について考える前に、まず結婚について考えるべきかもしれない。
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