【小説】「クリスマスの夜、僕はクリスチャンをやめることにした」発売しました

2018年12月19日水曜日

小説

t f B! P L
 今回はお知らせです。

 今年の9月半ばから書きはじめた中編小説「クリスマスの夜、僕はクリスチャンをやめることにした」が完成しまして、12月18日よりKindleにて販売中です。クリスマス向けの物語です。ただクリスマスに教会を去って行く少年の話ですので、本当にクリスマス向けなのかどうか、自分でも疑問ですが(笑)。

 主人公のアキラくんは高校2年生、ある教団付属全寮制高校の生徒です。が、クリスマス前日に退学処分となってしまいました。最後の夜を悶々と過ごしていた彼は、あることをきっかけに、寮を勝手に飛び出してしまいます。そして一夜の冒険(?)へ。その冒険と並行して、彼が退学処分となった理由が徐々に明かされていく、という構成です。果たしてアキラくんは「罪」を犯したのか? あるいは犯さなかったのか?

 終盤、若干エグい展開もあるのですが、それもまた実在する「教会の闇」として、真正面から受け止めていただけたらと思います。

 全129ページ、定価300円です。スタバのコーヒー一杯より安いです(笑)。 
 ぜひこのクリスマス、コーヒーでも飲みながら、スマホやタブレットやパソコンなどで読んでいただけたら幸いです。
(できれば紙の本にもしたいのですが、こちらはどうなるかまだわかりません。)

 ちなみに著者名義はフミナルとさせていただきました。
 またイラストはけろちゃん(@tenhashi)さんに描き下ろしていただきました。私の大好きな絵柄です。快く引き受けて下さって、本当に感謝でした!(ありがとうございます)

https://www.amazon.co.jp/dp/B07LG1HGC4

 (以下、冒頭部分です。ブログ用に行間を空けています。)

「クリスマスの夜、僕はクリスチャンをやめることにした」
 作:フミナル


1 寮にて



 その夜、僕は二段ベッドの上段で横になっていた。目を閉じて、眠った振りをしていた。


 同室の連中の話し声、物を出したりしまったりする音、食べたり飲んだりする音、トイレを流す音、鼻歌なんかが聞こえてきた。どれもくだらない音だった。みんな早く出ていっちまえ、と僕は念仏のように唱えた。おっと、「念仏」なんて仏教用語は使っちゃいけなかったかな。


 そろそろクリスマス会の時間だった。十九時ちょっと前。みんなこんなところでノロノロしてるべきじゃないんだ。遅刻なんかしたら大変なことになるんだから。でもこういう男子諸君は決まって時間にルーズなんだ。いつまでもくだらないことをしゃべってて、一向に腰が上がらない。そのくせ時間ギリギリになって急に焦り出すんだ。それでやっと寮を出るかと思ったら、やれ忘れ物だ、あれがない、これがない、と始める。そして結局遅刻して、あの牧師先生様に怒られる。そしてそんなことを毎回のように繰り返す。本当、学習しない連中だよ。馬鹿じゃないかと僕は思うよ。あ、兄弟に向かって馬鹿者と言ったら何とやら、なんて聖書の言葉は持ち出さないでくれよ。一応知ってるからさ。


 そんなこんなで十九時ギリギリになったのだろう。案の定、みんな慌てはじめた。あちこちでガタゴト音がする。マサトの奴が大声で言った。


「おいもうこんな時間じゃねーかよ。みんな行こうぜ。ところで俺のマントどこに行ったんだよ? 誰が隠した? あれがないと困るだろ。あーどうしよう、全俺が泣くぜー」


 お前のくだらないマントなんて知ったこっちゃない。いいから早く出てけよ。と僕は呟いた。もちろん誰にも聞こえやしない。みんな半分パニックになって、上着を着たり靴を履いたりしてるから。ベッドの上で僕が何を呟こうが、気づくはずないじゃないか。たぶん大声で叫んだって気づかないだろうさ。それくらい鈍感なんだよ、この男連中は。もしかしたら僕がそこにいることさえ気づいていなかったかもしれない。なんたって、もう僕はいないも同然の人間だから。


 それからドアの開く音がして、「うえっ、寒っ」とか「マジかよー」とかいう声がした。十二月の冷気が、嫌らしい痴漢みたいにスルリと部屋に入ってきた。最後にマサトの奴が「くそ寒いじゃねーかよ、全俺が泣くぜー」とか何とか言いながら出て行って、ドアがバタンと閉まって、その向こうから、連中の騒ぐ声が聞こえてきた。けれど次第に遠ざかり……そして静かになった。僕はやっと自由の身になった。だから起き上がった。


 部屋の中は酷い有様。服やら本やら紙くずやら何やらが床中に散乱している。まるで悪党が侵入して荒らしたあとみたいだ。何も知らない人がこれを見たら、何かの犯罪現場だと思うだろうね。でもこの部屋はいつだって散乱してるんだ。僕がどんなに片付けたって無駄だね。連中の頭の中には、片付けるとか整理するとかいう言葉がないんだからさ。本当、ウンザリだね。


 僕はベッドの上段からハシゴを使って降りた。そして本やら何やらを蹴飛ばしながらベランダに出た。サッシを開けたとたん、身を切るような冷気に襲われた。僕はフリースのファスナーを顎まで目一杯引き上げて、できるだけ身を小さくした。そしてベランダの端っこに座ると、ポケットからタバコを出して、一本くわえた。近所のセブンイレブンで昼間のうちに買っておいたタバコだよ。僕はまだ十七才だけど、年齢認証とか何とかの手続きは余裕でパスしたよ。だってあのアジア系の男の店員、僕の顔なんか見ようともしないんだから。僕は画面の「はい」をタッチして、お金を払って、そのタバコを持って店を出た。袋はいりません、とか何とか言ってね。実は店を出るまで幾分緊張していたよ。それは認める。でも結局声なんか掛けられず、店を出ることができた。べつに捕まったって良かったんだけどさ。


 それで僕は寒空の下、タバコに火を付けた。オレンジ色の光を何度か点滅させて、白い煙をフーッと吐いた。そして少し咳き込んだ。まだタバコに慣れてないんだ。格好悪いんだけどさ。


 それから十二月の夜の街を見下ろした。寮はちょっとした高台にある。街がよく見えるんだ。でも街にクリスマスらしさは特に見当たらなかった。街灯や家の光があちこちに散らばっているだけで、寂しいもんさ。空は星もまばらだった。どんより曇ってた。もっと盛大に雲が広がってくれれば、雪の一つでも降って、クリスマスらしくなったかもしれないのにね。でも現実なんてそんなもんだよ。中途半端に雲がかかって、中途半端に星を隠す。そして中途半端なクリスマスの夜空が出来あがるんだ。


 イエス様の誕生の夜、もし雲がかかって星が見えなかったら、三人の博士たちはどうしていただろう。彼らを先導してきた星が雲に隠れてしまい、博士たちが右往左往する様子を、僕は想像してみた。彼らは結局あの馬小屋に辿り着けず、黄金も乳香も没薬も無駄になってしまう。それはそれで愉快じゃないか。


 もしかしたら君は、なんで僕がみんなと一緒にクリスマス会に行かないのかと、気にしているかもしれない。でもね、僕はクリスマス会なんかどうだっていいんだ。だいたいみんなね、他人のことを気にしすぎなんだよ。あの人が何をした、あの人がどこに行った、あの人が何て言った……。そんなこと、いちいち気にしてどうするんだい。関係ないじゃないか。くだらないよ。本当に。


 だからその夜僕がクリスマス会をすっぽかして、一人寮の部屋に残って、ベランダでこそこそタバコを吸っているという光景を、そのまま受け入れてほしいんだな。許してくれとは言わない。ただ、そうなんだってことがわかってくれれば、それでいいのさ。良し悪しを判断してくれる必要もないし、ありがたいアドバイスもいらない。特に君がクリスチャンだったらね。


 ところで外はあまりに寒すぎた。長袖シャツにフリース一枚羽織っただけじゃ凍死間違いなしだったね。だからあたりを見回して、すぐそこにあった茶色のローブを引っ掴んで、体に巻きつけた。すると少しましになった。僕はベランダにうずくまって、残りのタバコを吸った。


 でもよく考えてみると、そのローブは、僕がクリスマス会で着るはずのものだった。実は聖劇に出演することになっていたんだよ、僕は。羊飼いの役でね。このローブを着て、お手製の杖を持って、今夜クリスマス会の舞台に立つはずだったんだ。


 天使に告げられて、羊飼いである僕はこう言うはずだった。


「なんだって? 救い主がお生まれになったんだって? ではぜひ見に行こう。この羊たちを連れて。そして我らのためにお生まれになった救い主を拝み、礼拝を捧げようではないか。羊たちよ、いざ、参らん!」


 ひどい台詞だよね。なんで最後だけ「いざ、参らん!」なんて古い言い回しなんだろう。おかしくて笑っちゃうよ。


 この台詞は何百回練習したかわからないね。なにしろ沢山練習させられたんだから。十二月に入ってから、ほとんど毎日聖劇の練習があったんだよ。うちの教会はね、そういうのに力を入れすぎなんだ。所詮素人の芋くさい劇なのに、みんな本気になっちゃってさ。


 まあでも結局は聖劇に出ないで済んだし、こんな馬鹿らしいローブも着ないで済んだ。万々歳だよ。誰かが僕の代役をやってくれるだろうよ。聖劇に羊飼いは付き物だからね。代役が誰だか知らないけど、神の祝福あれだ。


 ちょうど一本目のタバコを吸い終わったところで、ドアが乱暴に開けられた。僕は手近にあったコカ・コーラの空き缶に吸い殻を入れて、外を眺める振りをした。この教会も学校も、飲酒喫煙禁止だったからさ。もっとも僕は未成年だから、それ以前にどっちも駄目なんだけどね。とにかくそういうわけで、誰かに見られちゃまずいし、ドアを開けたのが誰だったかわからなかったから、咄嗟に吸い殻を隠したってわけだ。格好悪いとは思うんだけどさ。


 振り返ってみると、そこにいたのはさっき出て行ったばかりのマサトだった。大方忘れ物でもしたんだろう。彼は僕がベランダに座っているのに面食らった様子だった。僕の存在などとうに忘れていたのさ。マサトは気まずそうに微笑んで、中に入ってきた。


「なんだ、アキラか。まだいたのかよ。クリスマス会、もう始まってるぜ」


 見え透いたことを言うよね。僕がクリスマス会に行かないことなんか、とっくに知ってるはずなのにさ。僕が羊飼いの役を降板させられた、その聖劇で、マサトはヨセフの役をやるんだから。


「そっちこそ、行かなくていいのかい」


 と僕は言い返してやった。


 マサトは頰をポリポリ掻きながらあたりを見回している。


「いやあの、杖を探してるんだ。教会になかったから、やっぱりここなんじゃないかなって。あれがないとまずいんだよ。全俺が泣いちまう」


 そして床に散乱した服やら何やらを蹴飛ばした。散らかしてるのが悪いんだよ。僕はそう言いかけたがやめた。こいつに何を言っても無駄だからさ。


 僕はまた窓の外を向いた。マサトがいる前でタバコをもう一本吸ってやろうかと思った。マサトは生活委員だから、寮内で喫煙なんか見つけたら、真っ先に注意しなくちゃならない立場なんだ。教務主任やら牧師やらに報告する義務もあるんだよ。でもマサトの奴、牧師の前に立つと緊張しちゃって、ものが言えなくなるんだ。よくそれで賛美リードなんてできるよね。歌はなかなか上手いんだけどさ。


 そういうわけで僕が寮のベランダでタバコを吸ったらマサトがどうするか、ちょっと見てみたくなった。些細な好奇心ってやつだよ。それで僕はタバコをもう一本取り出して、口にくわえた。そして聞こえるようにわざとライターをカチカチやって、火をつけた。いいんだよ。どうせ僕はもうここを出て行く身なんだから。


 うしろでマサトがガサガサやる音が、一瞬止まった。僕の方を見ているのが気配でわかった。いくら鈍感なマサトだって、これには気づくだろうよ。僕はわざと大きな動作でタバコを唇から離し、斜め上に向かって、フーッと煙を吐いてやった。白くてヤニっぽい煙がベランダを漂い、僕のローブやら、サッシやら何やらにこびり付いた。マサトは何度か咳払いした。


「お、おい」マサトの声は遠慮がちだった。「ここでタバコは良くないぜ。吸うなら外で吸えよ」


「ここだって外だろ」僕はタバコの燃える先端でベランダを指した。


「そりゃそうだけど」とマサト。「匂いが付いたらまずいだろ。俺たちが疑われちまう」


「そしたら全俺が泣いちまうな」


 マサトは黙った。何か考えているようだった。考える脳があるのかどうか怪しいけどね。


「牧師に告げ口すりゃいい」僕は続けた。「吸ったのは僕だって言えばいい。そうすれば疑われない」


 マサトは短く溜息をついた。そして杖探しに戻った。もう僕にもタバコにも興味がないようだった。「とにかく、その一本だけにしてくれよ」


 僕は何度かタバコをふかした。「気が向いたらね」


 しかし返事はなかった。


 それから数分間、無言の時間が続いた。僕はベランダから外を眺め、マサトは部屋の中をガサゴソやった。大して星のない曇った夜空は、やはりクリスマスらしくなかった。でも考えてみると、クリスマスらしい夜空って何だろうね。やっぱり雪なのかな。


 結局ヨセフの杖は見つからなかったようだった。「やっぱりないな」とマサトは呟いて、何も言わずにそそくさと部屋を出て行った。ドアの閉まる音がして、足音がかすかにして、それきり何も聞こえなくなった。僕は二本目のタバコを吸い終えて、さっきと同じコカ・コーラの空き缶に吸い殻を入れた。


 マサトが牧師に告げ口するかどうかなんて、どうでも良かった。むしろ僕の喫煙を知った牧師がどんな反応をするのか、そっちの方に興味があった。今さら僕を呼び出して、叱りつけるのだろうか。あるいは聖書を開いて懇切丁寧な説教でもするのだろうか。日曜の講壇でいつもしているみたいに。


 ところでそろそろ本格的に冷えてきた。やっぱり聖劇に使う羊飼いのローブもどきじゃこの寒さはしのげないってことだよ。手足がブルブル震えたね。タバコの影響もあったかもしれないけどさ。僕はタバコを吸うと手足が震えるんだ。最近知ったことなんだけど。もちろん寒くたって震えるんだけどさ。


 僕は室内に戻り、サッシをしっかり閉めると、くだらないローブをその辺に脱ぎ捨てた。もうこんなローブに用はない。それだけでなくもう羊飼いにも、お手製の杖にも、聖劇にも、用はないんだ。もちろん向こうだって僕なんかに用はないんだろうけどさ。


 それから洗面所に行ってお湯で顔を洗った。タバコの匂いが気になったからだよ。僕タバコなんてもともと好きじゃない。ちょっとした気晴らしで吸ってみただけなんだ。全然気分なんか晴れないんだけどさ。それでも吸ってみると、気分が晴れそうな気がするんだな。良い気分が、すぐそこにあるような気がするんだ。


 顔を洗ったついでに、髪の毛もちょこっと濡らした。そのままシャワーを浴びても良かったけど、そんな気分じゃなかった。とにかくそれで、タバコのヤニとおさらばできた気がした。まっさらな自分になれた気がしたんだよ。そういうのって大事だと僕は思うんだ。


 それから一応スマホを確認した。でも僕はこんな代物あんまり好きじゃないんだ。親や学校から連絡がくるから、仕方なく持ってるだけで。卒業したらこんなの捨ててやるよ。マジな話でね。


 スマホに特に新しい通知はなかった。母親からのメールが、まだ通知欄に残ったままだった。


「明日の朝九時に迎えに行きます。荷物をまとめておきなさい」


 今日の昼にきたメールだった。何もいじっていないからそのままなんだよ。母親はきっと、この文面が「既読」にならないものだから、やきもきしているだろうよ。そのうち電話を掛けてくるかもしれない。あなた、メールは見たの? とか何とか。絶対出てやるもんか。


 他にやることもなかったから、寮に備え付けのカウチに腰を下ろした。ご多分にもれず汚いカウチにね。ここじゃカウチの上にも読みっぱなしの漫画とか、ポテトチップスの空袋とか、よくわからないアニメのフィギュアの片腕とか、そんな男子っぽい何やかやが散乱してるんだ。この部屋はどこだってそんな感じ。綺麗に片付けられた場所なんて一つもありゃない。


 そんなわけで汚いカウチの端っこに僕は座った。もちろんジュースか何かのシミを避けてね。そして何となくスマホを見た。ハルカに電話でもしてやろうかと思ったんだ。もちろんしなかったけどさ。だってハルカもクリスマス会に参加してるんだから、電話したって出るはずないじゃないか。なんたって彼女は聖劇でマリアの役をやるんだから。カトリックの修道女みたいな、白いローブを頭からすっぽり被ってさ、「お言葉通り、この身になりますように」とか何とか言うんだ。敬虔そうに両手を組んで、跪いて、そこにスポットライトがパッと当たってね。


 正直言って、ハルカのマリア役は悪くなかったよ。彼女がマリアなら、僕がヨセフ役をやっても良かったな。くだらない羊飼い役なんかじゃなくてさ。


 スマホの画面の上を、僕の親指はフラフラ漂った。いっそのことハルカに本当に電話してやろうかと思った。彼女が出るかどうかなんて関係なく。だって着信履歴が残るんだろう? それを見た彼女が、もしかしたらクリスマス会の後にでも、僕に電話をくれるかもしれないじゃないか。


 でも、結局しなかった。しない方がいいってわかってるんだ。僕は物分かりのいい人間だからね。そう言えば牧師も言ってた。「君は物分かりのいい子だろう?」


 僕はロクでもないスマホをその辺に放り投げた。そしてもう一本タバコを吸ってやろうかと思った。今度はクソ寒いベランダなんかに出ないで、このカウチの上で堂々と吸ってやるんだ。灰なんかその辺に撒いておくさ。どうせ奴らがその上からチョコやらスナック菓子やら撒くんだから。


 でもポケットからタバコを出そうとしたちょどその時、ドアが控えめにノックされた。あんまり控えめだったから、本当にノックされたのかどうか耳を疑ったよ。でも何秒か後にまたノックがあって、本物だってわかった。それにしても、鍵なんか掛けてないのに、なんでわざわざノックするんだろうね。

(冒頭部分は終わりです) 

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