「自分の正当性を主張したいだけ」ではありませんか

2018年11月28日水曜日

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 すみません。今日はちょっと毒を吐かせていただきます。

 私は長年カルトっぽい牧師の下で教会生活を送ってきましたので、「牧師」という存在に多少ウンザリしています。もちろんいろんな牧師さんがいるのはわかっているのですが。大半の牧師さんが「良い人」で、問題があるのはごく一部なのでしょう。

 でも少なくない「牧師さん」たちに共通する、ある傾向があるように思います。最近特にそう思うようになりました。どんな傾向かと言うと、「結局は自分の正当性を主張したいだけなんじゃないの」というものです。

 いろいろ相談に乗ってくれたり、話を聞いてくれたり、助言してくれたりする牧師さんを複数見てきましたが、最終的に意見が合わなかったり、方針(?)が合わなかったりすると、「んじゃねー」と去って行くのです。そして聞こえるような聞こえないような微妙なところまで退却してから、「自分は◯◯だと思うんです」みたいな主張を、いかにも自分は正しいんですみたいな顔で吐き捨てていくわけです。

 もちろんこっちは教会員ではありませんから、その牧師さんたちには何の責任もありません。言いたいことを言って何が悪い、といったところでしょう。

 だったら私も言わせてもらいますが、そもそも私から彼らに相談したことはありません。彼らが言ってきたので、私も思うところを返しただけです。彼らが私に何も言わなければ、私も彼らに何も言いません。それだけです。

 彼らの多くは私に同情してくれます。「酷い牧師に辛い目に遭わされたのですね」みたいに。でも結局は私の話なんて聞く気はなさそうです。私が彼らの意に反することを言えば、簡単に「んじゃねー」ですから。
 だったら初めから黙っててほしいんですよね。べつに彼らを悪人だとは思わないのですが。

 もちろん、人それぞれいろんな考え方があるのはわかります。いろんな立場、価値観があるでしょう。でも「キリスト教の牧師」って、人に対してどういう立ち位置を取るべきなのですか。聖書は何と言っていますか。人の話を聞いて支えるべきですか。それとも自分の意見を押し付けるべきですか。

 すみません、ちょっと悶々とすることがありましたので、吐かせていただきましたー。

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