2018年2月22日木曜日

歴史(History)って、神の物語(His story)なんですか?

History は His story ?

 教会でこんな話を聞いたことがあります。
 皆さんはありますか。

歴史(History)は、神の物語(His story)なんだ

 History と His story を掛けたんですね。聞いた時は(バカだったので)ちょっと感動しました。「神の物語」という響きも詩的で好きでしたし。

 これ、要は「歴史は神のコントロール下にある」と言いたいんでしょうね。良くないことが起こっても最終的に神が勝利されるから心配ない、神が歴史というストーリーを書いておられるんだ、世界は神の思惑通りに動いていくんだ、と。

 それを聞いて盛り上がってしまう、以前の私のような人がいると思います。でもちょっと冷静に考えてみたらどうでしょう。

 神を騙った人間の物語、では

 まず多くの人が学校で「世界史」を学んだと思いますが、試験の前、〇〇年に〇〇戦争が起こって○○が勝ったとか、そういうのを延々と暗記しませんでしたか?
 そのように世界史ってほとんど「戦争の歴史」じゃないでしょうか。つまり暴力と暴虐と侵略の物語なのではないでしょうか。
 時には平和な時代もあり、良いこともあったでしょうけれど、その裏で夥しい数の人々が無残に殺され続けてきたのが歴史だと、私は思います。

 また、戦争だけではありません。ホロコーストに代表される大虐殺の数々、感染症の蔓延による大量死、多くの犠牲者を出した大災害(事故を含む)など、歴史上の悲惨な出来事は、枚挙に暇がありません。
 それらが総合的に、「神の物語」なのでしょうか?

 旧約聖書において、神は「異教徒を皆殺しにせよ」とイスラエルに命じています。女子供も容赦なくです。またノアの時代の洪水では、ノアとその家族以外の全人類をことごとく抹殺しています。ソドムの街も皆殺しでした。
 その意味では、「神の物語」が暴虐で満ちている、と言うのは納得です。

  でも今は新約の時代のはずです。キリストが2000年前に来られて、新しい契約をされたのではありませんか。そしてその契約は「愛と許し」だったのではありませんか。
 であるなら、その後の歴史が悲劇の連続だったのを、「神の物語」と言うことはできないでしょう。明らかに矛盾しています。
 キリスト教が広まったことで歴史が作られていった(あるいは影響されていった)のは間違いありませんが、その歴史において暴虐の限りを尽くしたのは、むしろキリスト教圏です。それは「神の物語」でなく、「神を騙った人間の物語」だったのではないでしょうか。

 神がコントロールしている?

「神様が歴史をコントロールしている、」というのはどうなのでしょう。
 そう信じることが「信仰」なのでしょうか。
 でも聖書はこうも言っています。
毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。収穫まで、両方とも育つままにしておけ」(マタイによる福音書13章29節)

 つまり悪い者がさらに悪くなるように、良い者がさらに良くなるように、「自然の成り行きに任せなさい」という意味ですね。
 これは人類の歴史にも当てはまるのではないでしょうか。
 すなわち人がどのように歩んでいくのか、何を選択するのか、それはそれぞれに委ねられている、ということです。
  であるなら「神がコントロールしている」とは言えません。

 それにもし「神がコントロールしている」としたら、ほとんど運命論になります。人が何をどう頑張ったって、結局は「神が定めた通り」になってしまう、ということですから。旧約の「エデンの園」を考えてみましょう。もし神がコントロールしていたなら、なぜエバは、禁止されている木の実を食べることができたのですか。「任されていた」からではありませんか。

 私たちはいつも、自分の意志で何かを選択しているのではないでしょうか。
 それとも「見えない力」によって、何かを「選ばされている」のでしょうか。
 もし本気で後者のように感じているとしたら、それは精神症状の一つですから、早めに病院に行った方がいいです。

 世界の中心で愛を叫ぶ?

「歴史(History)は神の物語(His story)」というのは、いかにもキリスト教圏的な考え方です。
 日本人には「無常」という仏教的思想が根強くありますから、His story と言われても、いまいちピンとこないでしょう。

 また「歴史は神の物語」という意見に同意するのは、(多くて)世界の3分の1くらいです。あとの3分の1はイスラム教、あとの3分の1は仏教やヒンズー教や無宗教だからです(ザックリとした割合です)。イスラム教も一神教ですから根本的には同意するかもしれませんが、「キリストの物語」とは認めません。

 だから「歴史は神の物語だ」と言って盛り上がっているのは、キリスト教圏だけです。
 自分たちが世界の中心でないのを、クリスチャンならよく認識しておくべきでしょう。いくら愛を叫んでも、そこは世界の中心ではないのです(読者はよく読み取るように笑)。

 人類の歴史は文字通り「人間の歴史」です。
 全人類がキリストの言葉に従い、隣人愛を実行しているなら、それは「神の物語」と言えるでしょう。でもそうはなっていません。むしろ、反対のことが起こり続けているのではないでしょうか。

 最後に「主の祈り」の一節について考えてみましょう。
みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」(マタイによる福音書6章10節)
 みこころが地上で行われているなら、「行われますように」と祈る必要はありません。行われていないから祈るのです。
 つまり「人間の歴史」に「神の物語」が実現するのが願いなのであって、初めから「歴史=神の物語」なのではありません。

 History と His story を掛けて感動するの、もうやめにしませんか?

8 件のコメント:

  1. 懐かしいですね。それで感動し、威風堂々宣言して憚らない口でした(笑)
    要するに簡単に一言でキリスト教を言い表すならば、「ご都合主義」で済みます。
    全てに於いてこれです。

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    1. 私もその口でしたよ笑
      教会全体が本当に能天気な、御都合主義だったと思います。
      そんなこと言われたら本人たちは激怒すると思いますけれど(苦笑

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  2. historyは、ラテン語起源でフランス語経由で英語に入ってきた言葉だからhis storyと同じになったのは唯の偶然です(偶然にも神の意志があるとこじつける事も可能?)今の時代簡単に調べられます。
    でも、PCに疎い旧世代の方々を感動させるには良いネタですね。
    ところで、ビリー・グラハムが亡くなりましたね!本人は米国政界では党派を超えて尊敬されてるみたいですが、息子のフランクリンの方は色々批判も強いみたいですね。

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    1. 「偶然にも神の意思がある」「偶然でなく神の必然だ」とか言いそうですねー笑

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  3. 何かを自分に都合よく解釈するのは仲間内ではいいかもしれませんが、事実に基づいていないと第三者に対しての説得力は無いですよね。

    数年前に京都のある僧侶がTEDで発表した内容がFacebookで多くの支持を集めて話題になったのを思い出しました。
    日本人の宗教的寛容さは世界で類を見ない素晴らしさで、世界平和の手本として世界に発信するべきだ、という内容で、その論拠は日本の歴史に宗教紛争は無いということと、初詣もクリスマスも祝ったり、外国の料理(カレーライス)を取り入れるのが寛容さの象徴である、という主張でした。

    日本の歴史上、13世紀の「一向一揆」、16世紀の「石山合戦」、江戸幕府下での内戦「島原の乱」、幕末から明治期にかけての「神仏分離」や「廃仏毀釈運動」、明治以降の神道国家主義による「不敬罪」の下での「大本事件」など、多くの宗教をめぐる弾圧や内戦の記録があります。日本に宗教紛争がなかったという根拠はないですし、島国という地理的条件で内乱が多いのだと思います。
    歴史全般を見ても「寛容」と誇れるほど特別に平和だったとは言えず、15世紀~16世紀の約100年に渡る内戦や20世紀の軍国主義の時代を知る世界の人たちとってはナンセンスではないでしょうか。確かに第二次大戦以降の70年間日本は直接の当事者として戦争をしていませんが、日米安保条約や憲法上の制約など環境要因が理由が大きいのではないでしょうか。

    もしこの僧侶が言うように、互いに寛容ならば戦争や紛争がなくなるという仮定が正しいとするなら、人間が寛容であったことは一度もなかったと歴史が示しています。歴史から言える客観的事実は、世界では国・民族・宗教の例外なく戦争・紛争・内乱・殺戮があったという事であり、「戦争の根本原因は人間である」としか言えないのではないでしょうか。

    また、食べ物や宗教行事を例に挙げて言っている「寛容」が、実際は「受け入れても構わないものを受け入れる」ことだけなので、それが世界の宗教問題解決に対して役に立つという主張もこじつけになっています。
    それならなぜ日本は難民の受入数が先進国の中で極端に少ないのでしょうか。自分に好ましいものや自分に都合のよいことを受け入れるのは誰でもしていることであり寛容とは呼べないと思います。

    このように、これで世界に発信したらかなり恥ずかしいのでは?と思える内容だったのですが、相当な支持を得ていたのでショックでした(笑)。

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    1. そのTEDでしゃべった僧侶さん、たぶん教養があるんでしょうけれど、あまり歴史には詳しくないのでしょうかね。日本人は寛容じゃないと思うんですけどね。宗教においても他のことにおいても。

      でもそういうのが支持を集めてしまうというのは、やはり日本の歴史教育に問題があるのかなあという気がしますね。

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    2. 「民族紛争も宗教紛争も本当は無いのです。政治紛争であり経済紛争なのです」っと何十年も前に、アイヌの活動家の方がNHKで言ってたのを思い出しました。

      キリスト教で言うと、北アイルランド紛争が有名ですが別に教理の違いにこだわって殺し合いにまでなったのではなくて、新住民VS旧住民の権利争いだそうですし。ちなみに、カトリック教徒(旧住民)がプロテスタントに改宗しても新住民として認められて差別から解放されるわけでは無いとのことです。

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    3. 北アイルランド戦争はおっしゃる通りですね。なぜ戦争は終結したのか。
      アリルランドも、イギリスもEUに加盟し、通行が自由になり、経済的に一体化したことが、大きな原因でしょう。
      イギリスがEUを離脱し、通行が不自由になり、経済的な一体感がなくなれば、再び分離独立、紛争、戦争が懸念されますね。

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