最近2回続けて「什一献金」について書きました。
以下にリンクを貼っておきます。什一献金について、私の考えを述べたものです(①→②と呼んでいただくと流れがわかると思います)。
①クリスチャンって、「什一献金」を捧げるものなの?
②コインチェックの衝撃 / 什一献金を巡って / 賢さとは
さて、今回は上記記事に関連して、ちょっと教会の「近未来」を予測してみたいと思います(預言ではありません笑)。当たるかどうかは20~30年後にわかるのですが、その頃まで、この記事が残っていればいいですね。
人口減少―教会減少
いきなり暗い話ですが、「平成28年版高齢社会白書」(内閣府)によると、2048年に日本の総人口は1億人を下回る予測だそうです。現在問題となっている少子化が改善しなければ、あるいは移民受け入れ等しなければ、日本はどんどん人口が減っていくわけです。
同時に高齢化も進んでいきます。2035年には高齢化率33.4%、つまり3人に1人が高齢者になります。2060年には約40%、2.5人に1人が高齢者です。人口減とも相まって、日本はなんとも寂しい感じになりそうです。
その頃には当然ながら、教会もクリスチャンも減っているはずです。残っている教会は(今より)高齢者ばかりになるでしょう。
クリスチャンが増えている可能性は・・・、相当低いと思います。と言うか、まずあり得ません。「大リバイバルが起こる」と根拠なく期待する人もいるでしょうが、希望的観測が過ぎるでしょう。
日本のキリスト教界(プロテスタント)では、もうずいぶん前から「牧師の不足」が問題視されていました。牧師の高齢化、牧師を志す若年世代の減少、などがその要因です。無牧の教会も増えているようです。
これらが今後、劇的に改善するとは思えません。過去20~30年の実績を見ればわかります。問題視されていましたが、具体的な対策は、何もありませんでしたから。
みな雨が降るのを祈るばかりでした。そして雨が降る前に、祈り手の方がいなくなってしまった感じです。
什一献金で立ち行かなくなる教会
さて、冒頭の記事でも紹介した通り、信徒の什一献金が主な財源になっている教会があります。他に収入がなく、什一をやめたら回らなくなる教会です。
そういう教会は什一を死守しなければなりませんから、聖書解釈や信仰も、それに合わせたものになっています(信仰によってルールが決まったのでなく、ルールのために信仰が決まった、という感じですね)。
そういう「什一献金教会」は近い将来、厳しい状況になっていくでしょう。
原因は言わずもがな、人口減少と高齢化の波です。
教会人口が減り、いるのが高齢者ばかりになったら、どうなるでしょうか。間違いなく収入が減ります。什一を払える人数が減り、年金受給者ばかりになるからです。
ここで一つ注意ですが、年金受給者に什一献金を義務付けるのは、どう考えてもおかしいです。
なぜなら年金には、その人が労働者時代に「積み立てた分」が含まれているからです。
一般的なサラリーマンで言うと、毎月の給料から年金が引かれ、保険料が引かれ、各種税金が引かれます。それが40年くらい続きます。年金はその間「積み立て」られますから、基本的に「本人が先払いしたもの」と考えられます(年金制度の細かい仕組みは省きます)。
もしその人がずっと什一献金を捧げてきたのなら、老後に毎月の年金から十分の一を払うのは、「二重払い」になります。
だから什一献金教会は、年金受給の高齢者から什一を取ることはできません。取ってもいいですが、それはもはや什一ではありません。
それに年金は老後の生活保障なのですから、倫理的にも、良心の問題としても、高齢者に支払いを求めるべきでありません。あなたの両親、あるいは祖父母のことを考えてみて下さい。裕福な家庭なら問題ないかもしれませんが、十分の一を払わされたら、どうなりますか。
というわけで、什一献金をしている教会の多くは、20年後には深刻な財政難に陥るでしょう。その前に信徒が減り過ぎて教会の体を成さなくなっているかもしれませんが、いずれにせよ危機的な状況になると予想されます。
もし今現在すでに厳しいなら、今後もっと厳しくなると考えた方がいいかもしれません。
その時に強いのは、あるいは見込みがあるのは、什一献金に頼らない教会です。
だから什一献金教会の皆さんは、聖書解釈や信仰がどうであれ、そういう現実的な未来に備えた方がいいと私は思います。
以上、近未来予想でした。
繰り返しますがこれは「預言」じゃありませんから、もし違ったとしても「ニセ預言者」とか言わないで下さいね(笑)。
現在の年金制度は、積立方式ではなく、賦課方式なのでは?
返信削除労働者や企業が納めた保険料がそのまま給付に回っているので、二重払いには違いありませんが。
年金給付は、労働の対価としてでなく、保険給付として支払われるからこそ、什一献金の対象とすべきでないと思います。
失業保険や労災保険も然りです。
なお、私自身は、学生時代に、所属していた福音派の教会から、仕送りや奨学金からも什一献金を求められ、憤りを感じたことがあります。
「年金制度の細かい仕組みは省きます」と記事中に書いたのですけどね。
削除「二重払いになる」というのをわかりやすく書きたかったので、制度の話は省いたのですが、どうしても重箱の隅を突きたいのですね。
私が行っていた教会に、一時期牧師婦人が公立学校の教頭?だかをやってる牧師が来たんだけどなかなかリッチな生活してたな。そういうところは生き残りそう。他にも、私立の学校法人を経営してるようなところもあるね。
返信削除教会の更に上にある教団ってのも、これからどうなるんだろう?信仰する人が高齢化してどんどん減っていくわけだもんね。
海外の色んな関係団体からも献金をもらってるというけれど。
ところで、アメリカや韓国のメガチャーチはまだまだ安泰なんでしょうか。
基本的、人が沢山集まっているところは求心力がありますから、繁盛しますよね。そういうところは将来的に安泰だと思います。ただ何かトラブルがあって人が減ると、芋づる式に急減してしまうことがありますから、断言はできませんね。
削除問題は什一献金だけで成り立っている小規模な教会だと思います。特別魅力的なポイントが無い限り、今後ジリジリ人が減り、収入が減り、徐々に追い詰められていくかもしれません。
日本はかつて人類が経験したことのない超高齢化社会と人口減少に直面するのは確実な中で、教会も大きな影響を受けるのだと、書かれた記事を読んで思い知らされました。
返信削除そして、什一献金を義務と教えているような戒律的あるいはカルト化した教会の会員の人たちは、ますます負担を強いられ悲惨な状況になるかもしれないと思うと気が重くなります。
私が今行っている教会は、新約の時代にいる私たちはあくまで自由献金が基本であり金額は自発的に決めるものだという原則を一貫して実践しているので健全な教会だと感じています。
その中で、教会が閉鎖したり、教会員の人口が減少したりという現象が起きるのはやむを得ないかもしれません。
その結果、世界の中でキリスト教徒の人口比率が最も低い国になるかもしれませんが、それも神のみこころとして私は受け入れるだけです。なぜなら日本のクリスチャンが頑張るとか、リバイバルを起こすなどという態度こそ、神を侮っているように思うからです。
Teoさんの教会はあくまで自由献金が基本なのですね。健全性が高いと思います。
削除たしかに、時代の流れとともに教会が淘汰されていくのは、ある程度やむを得ないのかもしれません。それを食い止めようとする努力そのものは評価されるべきと思いますが、リバイバルだ後の雨だと叫ぶのは違うかと。
記事にも書きましたが、今後数十年のうちに、日本はずいぶん変わっていくと私は思っています。今の子供たちが成長して大人になる頃は、私たちの世代が当たり前と思っていたことが、もう当たり前でなくなっているかもしれません。
具体的に何がと断言できないし、どう備えたらいいのかもわかりませんが、少なくとも日本国内のことばかりでなく、世界の流れには気を配っておくべきではないかと思います。
順調にいけば近い将来、人口比でキリスト教はイスラムに抜かれて、第一位の座を明け渡すことになります。
削除その時が、キリスト教が死ぬ日でしょうね。
良くも悪くも、人口比トップで世界を支配していたことは大きいですよ。
歴史は勝者によって作られますからね。
キリスト教が1位でなくなったとき、キリスト教の黒歴史がどんどん公にされるでしょうね。
キリスト教徒はローマ帝国の国教になった時から、異教徒を暴行してきました。
大航海時代は、大虐殺時代と呼ばれるようになって、キリスト教徒がアジアやアフリカ、アメリカの人たちを虐殺してきたこと。
ゲーム感覚で現地の動物を虐殺、絶滅させてきたこと。
その他、環境破壊、植民地政策などなど今まで世界を支配していたからこそフタをしておけた黒歴史。
それが支配権を失うことで、表に出されるようになります。
キリスト教=平和の敵、悪魔の宗教と評価されるようになって、ますますキリスト教離れは加速するでしょうね。
それくらい、人口が減って、支配権を明け渡すというのは大きなことです。
クリスチャンであることが恥ずかしくて、表を歩くことができない、なんてこともありうると思います。
そういう時代は確実にやってきます。
今でもヨーロッパでは教育からキリスト教色が排除され、大航海時代の悪事も少しずつ明らかにされてきています。
キリスト教が少数派に転落するとは、つまり、日本だとオウム真理教と同じような扱いを受ける、ということです。
平穏に信仰生活を送るなんて許されないことだと、覚悟しておいた方がいいです。
せめて良き市民として地域社会に同化して、少しでも汚名をはらしておく準備期間なんでしょうけどね。
十一献金を続けて時代の流れに逆境するのも、私はクリスチャンですからと地域社会との関係を切るのも、キリスト教徒が決めることです。
キリスト教人口っていうのが眉唾なんですよ。
削除日本人の多数が氏子であり檀家であるのと同じで!
キリスト教国とされている国でも意識的・自覚的キリスト教徒はとっくの昔に少数派です。
英国は国教会が、国教!
ドイツはルーテルが国教!
行政から様々な便宜が図られてる国営宗教なんですよ。
日本なら地域の神社が、行政から「伝統文化であり宗教ではない」との名目で、特別扱いされてるのに似てるかも知れません。
牧師先生が、日本のキリスト教人口の少なさを嘆くのは的外れな理屈の部分もあるんです。
教会の中で起こる諸問題(無論献金もそうですが)に対して
返信削除指導者である牧師がどう向き合っているか。
その一般論、正論、傾向を見ていくと
結局は理想論に終始しているだけで
発言のそこかしこに「~はずです」「~ならば~はずです」という語句が目につきます。
理想を振りかざす意志の根源は、まったく根拠も客観性もない信念でしかない。
これを「有害」と言わずなんというでしょうか。
確かに人間は神に及ばぬ存在です。
しかし「全く無知」でしょうか?
おかしいものはおかしい、それすら言えない、心にめぐらすことすらはばかられる、
はっきり言って非常に不潔な精神状態にあると思います。
わたしは、クリスチャン特有のそうした思考停止的な思考のパターンを
不潔だと決めつける立場をとっています。
口先では自由だと言っておきながら、有象無象の「圧」が確かに掛かっており、
それがクリスチャンと言う人種の人格に不気味なバイアスを掛けている。
私もクリスチャンの端くれですが、クリスチャンホームの出身ではありません。
不運なことに私以外はみなクリスチャンの親を持っています。
根本的な感覚が違うような気がするのです。
それは「違和感」どころの話ではない。
「不気味だ」とさえ思えるのです。
ちょっと私の言動に彼らとの完全一致をなさない部分があるということで彼らは団結して無視のような態度に変容したのです。
この不気味さ、わかりますか?
ウルトラQなどの昔のSFホラーでよくある、周囲の人がいつの間にかエイリアンにすり替わってしまっている、あのオゾい感じです。
結局、聖書を抱えたまま教会を飛び出し、そのままずーっときてしまいました。
たぶん、復帰はありえないでしょうね。
彼らを「気持ち悪い」と思ってしまった時点で、私にクリスチャンをやる資格はなかったのかもしれません。
洗礼を授けたぐらいでは人は思い通りに操れないものです。
その手のクリスチャンたちの囲まれて、さぞお辛い思いをされたのではないかと思います。匿名様がおっしゃる「気持ち悪い」という感覚、少しはわかるような気がします。
削除クリスチャンホーム出身だからと決めつけたら偏見になると思いますが、その出身者にはある種の「共通性」があると思いますね。話が通じない感覚とか、妙にバイアスがかかった感じとか。たぶんそれが、非クリスチャンホーム出身者には異質なものに見えるのだと思います。
教会を飛び出してそのまま来てしまったとのことですが、安住の場所が見つかるよう願っています。(祈っていますとは言いません。)
これだけ言っておいて詳しい内容を言わないのもむずむずするので言います。
削除仕方のないことかもしれないんですが、説教の中で結構な頻度で神道に対するディスりが聞かれるんです。
いちいち神道を悪く言う内容を盛り込まないと説教もろくに作れないのか、と。
それでつい口を滑らせて、交わりの時に、「わざわざ神道ディスらんでも」と言ってしまったんです。
その瞬間、「アウトー!」みたいな空気になって。
その場にいた20人ほどの人間が一瞬で顔色を変え、無意識のうちに
私を無視することでモノの一瞬で合意が形成されてしまいました。
恐怖体験そのものでしたね。
発言1つで態度が変わってしまうのは怖いですね。その人たちにとって「愛」って何なのでしょう。ちょっと聞いてみたい気もします。予定調和を乱さない人だけを愛する愛なのでしょうかね。
削除この様子だと、十一献金強制教会はそろそろ仮想通貨(ビットコイン)の収益さえも10%求めてきそうですね。。。真面目な日本人クリスチャンはやりかねないな。
返信削除その手の教会では、どんな形であれ収入であれば十分の一が求められますから、当然ながら仮想通貨も対象になるでしょうね。真面目な人なら率先して捧げそうです。
削除昔、地域振興券が自治体から発行されたとき、牧師が、その分も収入だから献金をといっていたのを思い出す。変なところに目を付けているよりあなたが平日働けと感じた。
返信削除お金の話には目ざといということでしょうね。
削除でも地域振興券まで収入とみなすとは・・・(苦笑
「日本人とキリスト教」井上章一先生(ン十年前にリアルにお客さんとして会ったと事があります。)で言われてるように、「キリスト教」は、日本が後進国だった時代の欧米先進国の文化のショーウィンドウだったんですね。
返信削除イスラエル・パレスチナから直輸入なら。そもそも普及しなかったでしょう。
実際に通ってみるとどうも変だ!
マラキ書なんて、教会に通った事のない日本人で知ってるのは宗教学者か暇な宗教オタク位でしょう。
宗教法人としてのキリスト教会は消滅するかもしれません。
ハイカラ文化のシンボルとしての、商業チャペルと文化財指定の教会堂は22世紀になっても日本社会の一部として生き延びるでしょう。
カトリックの教会堂の方が文化財としての価値が高く、プロテスタントより生き残りそうな気がしますね。
削除3カ月前位からブログを拝見させて戴いております。4月から年金受給資格者になります。年金を収入とせず献金するようにします。参考になりました。大変ありがとうございます。(現状、妻と二人合わせて年間250万程度の収入なんで)
返信削除昔通っていた教会の事ですが、教会と教会員の揉め事があり教会員が退会することになりました。その際、献金を返せと言われて牧師が自腹で献金を返金したと言う話を思い出しました。金額は幾らかわかりませんが、お互い神様への捧げものでないとの認識だったのでしょうか。
記事を読んで頂いて、ありがとうございます。
削除参考にして頂けたなら幸いです。
是非、無理のない範囲で献金を続けて下さったらいいと思います。
ただ差し出がましいようですが、教会への献金は程々に、ご夫婦で旅行などされたらいいのではないかな、と思いました。
それにしても、「退会するから返金しろ」というのは初めて聞きました。神様への捧げものではなかったようですね。教会への「会費」みたいなものだたのでしょうか・・・?
キリスト教会にも、いろいろあるようですね。
返信削除ちなみに、私が所属しているカトリック教会(これもあくまで私が所属している教会の場合であって、それぞれの教会ごとに少しずつ異なるので留意されたし)の場合、献金袋は1家庭ごと。内容は、信徒会費、会堂維持費、会堂修復積立金、神学生支援金の4項目ごとに任意の献金額を記入して、毎月ごとに献金箱に入れる。いずれの額も任意。あと、クリスマス献金、などなどいろいろな特別献金が任意にありますね。
収支内容は、年1回の信徒総会で報告。特別献金、バザー収入などは、その都度、収支報告、監査は教区の監査委員が行う。過去に、不正確(不明朗というべきか?)な会計処理が行なわれていた教会があったとのことで、きっちりと会計監査が行われていますね。
献金は、神への捧げものではありません。献金は、教会(つまりは人間が)が福音宣教するためのものであり、厳正な管理が求められているのです。
献金は、それぞれが無理をせずに出せるだけの額を(私を含めて、人びとが無理なく出せる献金額は、収入の1%程度でしょう)献金すればよいでしょうね。
無収入なら、0円。子どもや、生徒、学生などはもちろん0円でしょう。
カトリックの献金は完全に任意なのですね。
削除よくわからないのですが、信徒からの献金以外に、どのような収入源があるのでしょうか。カトリックは(私が知る限り)どこも立派な建物を構えていますから、経済的に潤っている印象がありますが。
確かに、経済的に潤っている印象はありますね。神父の生活費は、それぞれの教区がまとめて支給していますね。個々の教会が信徒数に応じて教区に上納金を上げる。その上納金のうちから神父の生活費を支給する。神父が住むところは、個々の教会が司祭館を建てて維持する、維持費は個々の教会が出している、というところでしょうか。
削除いずれにしても、金が一番かかるのが人件費でしょうから、人件費がを安くすれば、他に金をかけることができるわけです。
信者数に対して聖職者数の比率はカトリック教会は低いというところでしょうか。
一人一人の献金額が少なくても、信徒数が多いから結果的に収入も多くなる、ということかもしれませんね。
削除たしかに聖職者数も、プロテスタントに比べて少ないように思います。
>献金は、神への捧げものではありません。献金は、教会(つまりは人間が)が福音宣教するためのものであり、厳正な管理が求められているのです
返信削除目から鱗(聖書起源の諺ですねw)です。分かりやすく本質を突いた言葉です。
キリスト教国と違って、公的支援がほとんどない状態の協会運営は青色吐息なのは、想像に難く無いのですが。成人家族と独立した建物を維持するには、信徒が少なとも3桁は居ないと。学校とか運営してれば別ですけど。本家(教会)は財政破綻してても分家(学校・病院)が稼いでくれるので成り立ってる感もありますが。
単立教会の場合、「神への捧げもの」というのは名目で、教会運営(牧師家庭の生活含む)に大半が使われるのが現状でしょうね。「福音宣教」にどれだけ回されているかは疑問です。
削除聖職者、神父は独身なのは、金をかからなくするためですね。仏教でも、出家者は独身でした。浄土真宗は、半俗、出家者のようで在家のような存在として僧侶を規定したので妻帯できるわけです。たの宗派は僧侶ですから本来は妻帯できません。にもかかわらず、明治期の廃仏毀釈促進のために政府が僧侶の妻帯を認めたにのに便乗して、できないものをできるようにしていしまったわけですね。
返信削除正教、ロシア正教なども神父は妻帯できませんが、下級僧侶はできますね。
ラテン教会でも終身助祭(神父さんの永久助手)なら妻帯できることになっていますが、日本で何人いるのだろうか、分かりません。
ブラザーやシスターのような修道者は自分たちで生活費を稼いで修道生活をおくっていますね。
そもそも牧師さんのように、自分だけでなく家族まで献金で養ってもらおうという根性自体がいただけませんね。
ルターが「ドイツ人貴族に告ぐ」という本の中で、神父なんかいらない、万人祭司だ、教会の信者の中から選べばいいのだ。専門職はいらない、なってたって安くつく、ということを書いていますが、その通りですね。
「牧師を支えるのは信徒の役目」みたいなことを豪語する牧師がいます。現代の教会に巣くう病魔みたいなものだと私は思いますが。
削除平成28年の宗教年鑑によるデータを少し書きます。
返信削除団体、教会数(伝道所など除く)、聖職者数、信者数
カトリック、789教会、1383人、443721人
聖公会、279教会、267人、50512人
日本基督教団、1521教会、3298人、119223人
モルモン、267教会、1091人、128761人
ということは、
カトリックは320人の信者で1人の聖職者を
聖公会は189人の信者で1人の聖職者を
日本基督教団は36人の信者で1人の聖職者を
モルモンは118人の信者で1人の聖職者を
養っていることになります。
この年鑑を見ると、もっと少ない信者数で1人の聖職者を養っている教団もありますから、十一献金でもやらなければ、やっていけないということが分かりますね。
この年鑑は、いろいろなことが分かって面白いです。
ありがとうございます。
削除カトリックの信徒数が圧倒的に多いんですね。
日基は教会数が多く、聖職者数も多く、その割に信徒数が少ない、ということで燃費が悪そうな感じです。
プロテスタントは全般的に、小さな教会でそれぞれなんとか頑張っている印象があります。