2015年9月5日土曜日

何をどう切るのかわからない「断ち切り」について

「断ち切りの祈り」というのがあって、いわゆる聖霊派クリスチャンに(だけ)好まれている。

 用例としては「イエスの御名によって○○を断ち切る」という表現が多い。この○○の部分に、断ち切りたいものの名前が入る。たとえば「悪霊の影響」とか、「家系の呪い」とか、「過去に犯した偶像崇拝の罪」とか、 「悪い人間関係」とか、「悪い生活習慣」とか、とにかく自分にとって都合の悪い事柄、切り捨ててしまいたい事柄を全て「断ち切る」のである。

 一つ事例を挙げると、 ある信徒の家族(未信者)がヘビースモーカーで、体調を崩して禁煙が必要になった。けれど長年の喫煙習慣を断つのは並大抵でなく、挫折の連続であった。見かねた信徒が教会に連れてきて、「喫煙習慣の断ち切り」を牧師に依頼した。牧師はその人のために神妙な顔で「断ち切る!」とか大声で祈って、カウンセリング的なことをちょっとして、その日はそれで終わった。
 その後も同じような祈り(?)が何度かあったけれど、効果はなかった。その人は(たぶん気を遣って)「でも吸う本数は減りました」とか言っていた。
  そんなある日、海外からゲストを招いて集会が開かれた。牧師は「このゲストに祈ってもらえば完全な断ち切りになるだろう」と言って、その人に出席させた。
 さて「招き」の時間になった。その人は促されて前に出た。BGMは「癒し」がテーマのワ―シップソング。照明が落とされて、スポットライトが講壇前を薄く照らす。いかにも神々しい、荘厳な、何かが起こりそうな雰囲気。背後の会衆は皆「異言モドキ」で祈っている。ゲストがゆっくり降りてきて、その人の頭に手を置いた。牧師から簡単に事情を聞いて、ゲストは激しく祈りだした。時折英語で力強く叫ぶ。皆「おーっ」となって、「異言モドキ」が激しくなる。それにつられてピアノの音も大きくなる。するとエレキギターが泣き出す。するとエレキベースがウォンウォン唸る。いつのまにか牧師も熱くなって、日本語で何やら叫んでいる(そんなことより通訳してやれよ)。
 その人(ヘビースモーカーの人)は凝り固まって立っている。何やらすごいことが起こっている、という感覚があったのだろう。足が小刻みに震えていた。

 たぶん何十分かそんな祈りが続いて、ようやく皆クールダウンしてきた。ゲストはその人を熱く抱擁している。牧師も優しい声になって通訳している。「主の御手の中で安心しなさい。そう、安心しなさい。そう・・・あなたはもう大丈夫です・・・」
 ついに感極まって泣き出すその人。うん、これで喫煙習慣は完全に断ち切られた、めでたしめでたし、良かったね、あ、ついでにハレルヤ、ってことで集会は終わった。

 その人は家族共々笑顔で帰っていった。さあ、これで禁煙は成功したし、クリスチャンになって教会に通うようになってくれるだろう・・・と皆が思ったに違いない。
 けれど何週たってもその人は教会に現れない。はじめに連れてきた信徒も言葉を濁している。いったいどうなったんだろう。後から聞いた話だけど、その人は結局禁煙できなくて、入院することになったという。
 なんだよ全然断ち切られてねーじゃん、って話。

 「断ち切り」の祈りはいわゆる「縁切り」みたいなもので、背後には「霊的なつながり」という考え方がある。神と霊的につながるのだから、悪魔とも霊的につながるし、いろいろな人間とも霊的につながるはずだ、だからそこから何か影響を受けているはずだ、という考え方。そこから派生して、「家系の呪い」とか「地域の縛り」とかが出てくる。

 けれど「断ち切り」全般に言えるのは、「気のせい」とか「思い込み」とか「自己満足」とかの域を出ない、ということ。
「縁を切って心がスッキリした」みたいな心理学的効果なら期待できるだろうけれど、それ以上ではない。

 現に上記は喫煙習慣の「断ち切り」に見事に失敗している訳で、全知全能の神の名によって宣言した割に効果がなさすぎる。これでは神が無能だということになってしまう。
「いや、それは彼(ヘビースモーカーの彼)に罪があったからだ。だからうまくいかなかったのだ」みたいな反論があるかもしれない。
 でも「断ち切り」って、そもそも何かに霊的につながって悪影響を受けている人の為の祈りですよね? つまり罪がある人の為の祈りですよね? なのに罪があるからうまくいかないって、どういうことですか?
 っていう話。

 あるいは私があえて失敗例を挙げたんだと思われるかもしれない。けれど正直な話、私は失敗談しか知らない。あとは明確な成功・失敗が判定できない例ばかりだ。たとえば神社仏閣で悪霊を断ち切ったとか、ある人の過去の偶像崇拝を断ち切って霊を解放したとか、どこをどう見ればその効果測定ができるのか、さっぱりわからない。

 それに聖書のどこにもそんなこと書いてない訳で、あやしい聖書理解の延長でしかない。
 と、いろいろ書き連ねたけれど、「断ち切り」の祈りにハマっている人がいたらよくよく考えてもらいたい。
 けれど最近では「ソウルタイカット」とかいう新種の「断ち切り」も登場していて、うーん、ほんとにキリがない。

5 件のコメント:

  1. 自動販売機にお金を入れて、好みの清涼飲料が出て来るが如く、所詮現世御利益を求めているだけです。キリスト教の福音派・聖霊派・ペンテコスタル的な教派は、信仰熱心でしょうが、
    その様な事を求めている限り、世に数多ある「新興宗教」と何ら変わりのない宗教団体の一つとして数えられるしか能の無い、宗教団体として認知されるでしょう!
    まことにお疲れ様ですが、頭を使ってよ~く考える事をお勧めします!

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    1. 福音派・聖霊派は世に数多ある「新興宗教」でしかありません。
      だから新興宗教系プロテスタントといわれるわけです。

      喫煙をやめさせようとして、新興宗教系プロテスタントの教会に行って、決して安くはない金額のお布施を包んで、「断ち切りの祈り」とやらをやってもらっても、結局は効果がなかったのですから、非常にばからしいお金の使い方と申せましょう。
      喫煙がやめられないというのは、わかりやすくいえばニコチン依存症でしかありませんので、新興宗教系プロテスタントのような怪しげな宗教にいって、拝み屋みたいなのにお布施をしてなんとかしてもらうよりも、病院に行ってニコチンパッチをもらってくればいいではありませんか。
      ニコチンパッチを病院で出してもらえば保険が確かきくと思いますので低廉ですみます。もちろん禁煙パイポだって補助的に使ってもいいのではないでしょうか?どう考えてもニコチンパッチや禁煙パイポのほうが、怪しげな新興宗教系プロテスタントの教会よりもはるかに安上がりなのです。
      新興宗教系プロテスタントを信じると、この程度の合理的思考すらできなくなってしまうという、まさしく大爆笑ものな話だと思いました。

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  2. それってツラノトレーニングスクールじゃん。。。

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  3. 断ち切りつながりで、なんでもヤクザの夫を改新させた吉田みほこ牧師は、夫の家系の呪い断ち切りで彼の家系の中から龍が出て行ったのを見たと証ししてたな。そういえば。

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  4. 世界の器、世界的な預言者と呼ばれるへんりー・グルバーが沖縄中を駆け巡り、地域の悪霊追い出し、土地の清めなどいたるところを廻ってたち切っているようだが、同じクリスチャンとして悪いことではないと思うが、何一つ変わっていない現実に疑問を感じる。もう、何十年もそれをしているらしいが、誰か実を見た人知らせて欲しい。

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