2015年3月27日金曜日

口語訳? 新改訳? 新共同訳? いえいえカルト訳聖書ですが何か?

 日本語訳聖書は、口語訳とか新改訳とか新共同訳とか、リビングバイブルとか回復訳とかALIVE訳(←なんだそれ)とかいくつか種類がある。ちょっと亜種だけれど関西弁バージョンも以前話題になった。
 
 どうしてそんなイロイロな種類の訳があるのか、気になる人はどうぞググってみて下さい。ちなみに私はよく知りません。
 
 知らないついでにで言うと、意味が同じなら結局どれでも同じでしょ! というのが無知なりの主張である。けれど学術的・言語学的にこだわる人にはイロイロ主張があるかもしれない。いずれにせよ私にはどうでもいいことだけれど。
 
 ただしエホバとかモルモンとかが使う「聖書」は、ちょっと違うので注意を要する。
 
 というような小難しい話は抜きにして、どんな訳の聖書があったら面白いかな、とちょっと考えてみた。おふざけの完全妄想系だけれど、以下の通り。
 
・セカオワ訳聖書
 正式名称「セカイノオワリ訳聖書」。終末論強調しすぎ。黙示録が通常22章のところ、66章にまでボリュームアップ。その分、旧約や新約の書簡がちょいちょい省かれている。66ってのがまた意味深なところ。
 読む時は、ハリウッド系パニック映画を流しておくとより臨場感が増す。
 
・萌え訳聖書
 いわゆる萌え語で全編書かれている。
「ホラホラ、神の国がムニムニ近づいてるよ?」
「ブヒャッ、おめめが見えるようになっちゃった♪」
「サウロ・・・鬼畜だよ?」
 読みたくねえ・・・。
 
・村上春樹訳聖書
「キリストは渡される最後の夜、すでに冷めて硬くなったパンを銀のナイフで丁寧に切り分け、それから弟子たちの顔を順々に、ゆっくり時間をかけて見まわした。何かを確認するような、暗闇の底の落とし物をひたすら探すような眼差しだった。しかしあるいはそれは弟子たちの気のせいだったかもしれない。確かなことは今となってはもうわからない。いや、そもそも初めから正しいことが存在したのかどうかさえ僕にはわからなかった・・・」
 あああめんどくさい。
 
・893訳聖書
 文字通り、強面の人たちの口調で語られる聖書。たとえばマルコの福音書1章25節。
「イエスの親分はこの悪霊野郎をドヤしつけ、『おどりゃ! この堅気から出ていきやがれ!』とまくしたてた」
 ちなみにこの訳はミッションバ○バが監修しています(大ウソ)。
 
・カルト訳聖書
 全てが牧師中心、神=牧師という前提で書かれた訳。
 いくつか見てみよう。
 
(ヨハネの福音書1章1~2節)
「はじめに牧師がいた。牧師は神とともにいた。牧師は神であった。この牧師は初めに神とともにおられた」
 
(マタイの福音書28章18~19節)
「牧師は、天においても地においても、いっさいの権威を与えられた。それゆえ、あなたがたは行って、すべての人を牧師の弟子として弟子訓練プログラムに入れなさい」
 
(へブル人への手紙13章17節)
「あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、絶対に服従しなさい。逆らってはいけません」
 
(ヤコブの手紙3章10節)
「賛美とのろいが同じ口から出て来るのです。このようなことがあってはなりません。だから牧師批判など絶対してはなりません」
 
(ヨハネの手紙・第一・4章20節)
「神を愛すると言いながら牧師を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える牧師を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。だからあなたの牧師を心底愛しなさい」
 
※カルト訳聖書をお求めの方は、日本カルト訳聖書協会までお問い合わせ下さい(ウソです)

2 件のコメント:

  1. カルト訳はインパクトありますね。こうして読むと、いかに牧師にとって都合がいいか、聖書からズレているか明確になる名訳です。
    キリスト教は他力本願と一般的に言われますが、新興宗教系プロテスタントはしっかり自力本願ですね。

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  2. ここ(教会)を出たら呪われるが 省かれてましたよ。
    カルトへの手紙 6章6節       カルト訳より

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