マタイの福音書24章で、キリストは終末について語っている。
もちろん、世の終わりにどんなことが起こるか、ということも語っているけれど、それより私たちが何に注意しなければいけないか、に重きが置かれているように思う。その注意というのは、大雑把に言って2つある。24章を前半後半に分けると、前半は「惑わされないようにしなさい」、後半は「用心していなさい」と言っている。
すなわち、
①にせ預言者が多く起こって、多くの人を惑わします。(11節・新改訳)
②用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。(44節・新改訳)
今回は、この①について考えてみたい。
・惑わしについて
「惑わされないようにしなさい」と言われると、多くの人が、「よし、気をつけよう」と思う。私もそう思う。けれど「気をつけよう」だけで騙される人がいなくなるなら、いわゆる「母さん助けて詐欺」(旧称オレオレ詐欺)みたいな詐欺は蔓延しないと思う。「あんな手口、自分は引っかからないぞ」と普段から注意している人がコロッと騙される訳で、そこに詐欺とか人間心理とかの恐ろしさがある。注意しているつもり、わかっているつもり、という落とし穴がある。
その証拠に、①の通り、「多くの人が惑わされる」とキリスト自身が明言している。つまり、騙されないで済む人は少なく、終末の時、多くの人が騙されることになる。キリストのこのシンプルな注意喚起は、結論から言うと、多くの人の心に届かない(かくいう私も騙されるかもしれない)。
ではどうしたら良いかというと、少なくとも「よし、気をつけよう」だけではダメであろう。もっと明確な効力のある、具体的な何かでなければならない。
そしてそのヒントは、「母さん助け詐欺」の対策と共通しているように思える。
・「母さん助けて詐欺」と「終末の惑わし」の共通点
①それは身内を装ってくる
「母さん助けて詐欺」の基本パターンは、息子のフリをした犯人が高齢者を騙す。つまり、身内を装ってくる。
終末の惑わしは「私こそキリストだ」と騙る人が多く起こる訳で、惑わす者はクリスチャン、つまり身内を装ってくる。だからこの惑わしは、別宗教の人がクリスチャンを惑わそうとするのでなく、クリスチャンと思われる人たちが、福音に似た別物を巧妙に広めていくのだと思われる。そして信仰から少しずつ少しずつ、人々をずらしていく。騙される方は、相手がクリスチャンだから、有名な先生だから、影響力のある誰々さんだから、ということで信じてしまう。そこには、「身内だから」という油断がある。
②それは見分けが付きにくい
「母さん助けて詐欺」の電話は、息子らしき人物がいきなり泣き叫ぶことで、被害者を緊急事態に追い込む。そして「ああ息子がこんなに苦しんでいる。すぐに何とかしなきゃ」という切迫した心理状態に追い込む。結果、息子の声と違うとか、話し方や言葉遣いが違うとか、そういう普通なら気づく差異に気づかない。すっかり息子だと思い込んでしまう。
親の愛を利用した、巧妙な手口だ。
終末の惑わしもそれに似ていて、にせクリスチャンらは、信仰モドキを巧妙に吹き込んでくる。「これは新しく開かれた真理だ」とか、「主は少数の選民に特別な啓示を与える」とかいろいろ言って、聖書と違う原理原則へとちょっとずつスライドさせる。騙される方は、聖書から次第にずれていっていることに気づかない。
③それは大きなことを言う
「母さん助けて詐欺」は、いきなり何百万円もの支払いを要求してくる。その額の大きさが、被害者を余計にパニックに陥らせる。そして正常な判断力を奪ってしまう。
終末の惑わしもそれに似ている。キリスト言わく、「大きなしるしや不思議なことをして見せます」
にせクリスチャンらの行いに通常では考えられないような奇跡が伴うことで、「ああ、これは本当に神様だ」と思わせる。それは偽物を信じさせる強力な武器となる。
そして、それはすでに起こっている。礼拝中に降ってくる「天使の羽」とか、「金粉」とか、「天使の声」とか、そういう事象が一部の教会で見られている。しかし、その体験によって信仰の正当性が測られるのではない。聖書を見ると、悪魔も一定の奇跡を起こすのがわかる。信仰の正当性を測るのは、あくまで聖書に基づいているか、矛盾していないか、その結果どういう結実があるか、という点においてだ。
本当にそうですね。「天使の羽」「金粉」「天使の声」のほかには、「金歯が生えた」「死者がよみがえった」etc・・・イベント等でオンパレードで奇跡を起こしまくっているので、さながら奇跡の大盤振る舞いですよ新興宗教系のキリスト教は。
返信削除彼らは「神様が奇跡を起こして私たちに何かを示してくださっている」と涙を流していっています。
しかしなぜか不思議なことに、こういった教会ほど什一献金+αでやたらと献金をつのってくるではありませんか。死者の蘇りができるほどすごい奇跡が起こせるのなら、お金の問題などとっくにクリアして、「うちは奇跡を起こしている教会ですので、皆さんからの献金を一銭もいただかなくても十分にやっていけます」とどうしていえないのでしょうね。もしそういえば大変な奇跡を起こしている教会であると世間で大評判になるはずですのに。
今は金の価格も比較的高いほうではないかと思うのですが、金の粉をふらせたり金歯を生やしたりできるほどの奇跡を起こしているというのに、なぜなのかはわかりませんが、そこで現出した金を売りに行ったという話をきいたことがありませんよ。
金を売りに行く手間が大変だというのなら、毎回イベントのたびにものすごい奇跡を起こすことができるほどの力があるのですから、お金そのものをなぜ降らせないのでしょうか?祈っていたら空っぽの財布に突然大量の札束が湧き出てきて、使っても使っても万札が減らないなどという、素敵な奇跡を起こすことができるはずなのですよ。
そんな財布なら是非とも欲しいですよね♪(#^.^#)
削除新興宗教系のキリスト教信者は、簡単な詐欺にも騙されるのですね♪(^.^)
いやはや宗教は怖い(笑)
友人が麻原ばあさんのブログを読んで一言
返信削除「バカじゃないのこのばあさんは?鳥の羽が降ったって嬉々として書いているけど、そんなもん降らせたっていったい何になるの?神様もバカよねー、鳥の羽なんか降らせるくらいなら、なんで万札降らせないわけ?鳥の羽なんて所詮はゴミでしかないでしょ。でも万札なら信者以外の人にとっても価値があるし、みんなが欲しがるものだから振った万札をブログにどーんと載せれば信者増えるじゃん(笑)」
ちなみにあのばあさんの携挙発言で財産を処分した人も複数いるようで、定額貯金や保険を解約しているとか、ちょっと聞き捨てならない話もあるのです。ばあさんは「什一献金をしっかりやって、そのほかにも神の求めに従って献金しなくてはならない。私なんかは経済的に大変だったときにも什二献金をやってきた。子供が通っていた塾をやめさせてでも献金をしてきた・・・」と呆れるような主張をものしています。
子供に塾をやめさせて新興宗教に献金するバカ親をもった子供がかわいそうだと思いました。実際に新興宗教の家では献金が大変なせいか、お金を惜しんで受験生の子供だというのに塾にやるのをしぶっているという信じられない話を聞いたことがあります。受験生ならクラス全員塾にいっているもので、教師も塾に行っていることを前提に授業をすすめるものです。これでは子供は学校でまともにやっていくこともできません。
天使の羽にしては、サイズが小さすぎますよね。お店でよく見かける羽パーツのサイズ。
返信削除天使なら、宝塚サイズの大きさのはず。それも、店で売ってるだろうけど。
金粉は、ボディーラメやメイクのアイシャドウやファンデのラメっぽい。私も昔、アイシャドウのラメで顔が光っていると言われた事があります。
ネイルアートをやっている人の爪が剥がれて落ちているのも見かけます。
宝石も、パーツ屋で売っている、小さい安物っぽい感じ。300円くらいで20個くらい買えます。
それらのしるし?が詐欺じゃないとしても、オカルト系の人がしている事と同じ物体出現の業なので、彼らが祈っているうちに神ではなく、悪霊に繋がれてしまったのではないか?と心配ですね。
クリスチャンでないスピ系の人たちがよく、天使の羽がいっぱい降ってくる、金粉が降るとブログに書いています。
「天使の羽 降ってきた ブログ」で検索すると、いっぱいです。
なんにしても、天使崇拝は聖書でも禁止してるので、どうかと思います。