2018年4月23日月曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第85話

 しばらく皆の泣き声が続いた。すすり泣く人もいれば、声を上げて泣く人もいる。土下座の姿勢のまま動かない人もいる。ピアノが控えめにメロディを流している。
 キマジメくんは嗚咽を繰り返していた。おさまったと思っても、またぶり返してくる。こんなふうに泣いたのは、たぶん子供の頃以来だろう。最後に泣いたのがいつだったか、まったく思い出せない。
 何分経ったかわからないけれど、舞台上で動きがあった。溝田牧師が鼻をすすりながら、起き上ったのだ。牧師は泣きはらした目を拭き、マイクのスイッチが入っていることをチラと確認してから、大きく溜息をついた。
「おー主よ」と牧師。「私たちに悔い改めを促して下さり、感謝します。あなたはなんと愛深いお方でしょう。こんなにも罪深い私たちを許し、この50時間の祈りの務めに、導いて下さるとは。おー主よ・・・」
 カンカク姉妹が泣きながら「アーメン」と声を上げた。そしていっそう激しく泣きはじめた。
「皆さん、愛する兄弟姉妹、今主が悔い改めを促しておられます。私たちは灰を被り、衣を引き裂いて、それぞれ悔い改めなければなりません。主の前に跪いて、罪を告白し、許しを乞うのです。そうしなければ、私たちは50時間の祈りの務めに入ることができません。今主が、私にそうハッキリ語られました。皆さん、今それぞれで悔い改めの時間を持って下さい。そして主に許していただきましょう。主は悔い改める者を、豊かに許して下さる方ですから。その後、私たちは力強く立ちましょう。もう後ろを振り返ることなく、ひたすら前に向かって進むのです」
 そこまで言うと、溝田牧師はまた土下座の姿勢に戻って、何やら祈りはじめた。顔を上げていた信徒たちも同様に、再び床に額をこすりつける。カンカク姉妹などは、地面に埋まってしまうのではないかと思うくらい激しくひれ伏し、泣き叫んだ。「主よ、許して下さーい!」
 一際大きな声だった。
 キマジメくんは「悔い改め」と聞いても、ピンとくるものがなかった。最近ずっと教会に入り浸っていて、自分の時間を持てていなかったからだ。余計なことを考える暇がなかった。
 かと言って、罪がないとは言えない、と思った。
 溝田牧師はよく言う。
「自分でも気付かないうちに犯している罪があるものだ。その罪を聖霊様に示していただくのも、私たちの使命の一つだ。悔い改めない罪があっては、私たちは主の前にきよい姿で立てないのだから」
 というわけでキマジメくんは、「気づかずに犯している罪を、どうぞ示して下さい。そして許して下さい」と祈るのだった。そしてしばらく待ってみた。けれど、心に示されるものは、何もないように思えた。
 皆の「悔い改めの祈り」がしばらく続いた。皆小声だから、何を言っているのかわからない。当然だろう。悔い改めるべき内容なのだから、誰だって人には聞かれたくない。
 それでもカンカク姉妹だけは大きな声で、相変わらず泣きじゃくったまま祈っていた。しかし彼女は具体的な「悔い改め」をするのでなく、「おー主よ主よ」とひたすら繰り返しているだけのようだった。
 皆の囁き声が、おおかた終わった。キマジメくんはとっくに祈り終わり、すでに嗚咽も止んでいたので、跪いたまま目を閉じていた。何か主の声が聞こえるかもしれない、主が触れられるかもしれない、と期待しつつ。けれど、何も起こらなかった。
 溝田牧師はステージを左右にウロウロしている。右手にマイクを持ち、左手をポケットに突っ込んで。唇が少し尖っているから、何か囁いているのかもしれない。
 その牧師が、おもむろにマイクを口に当てた。
「愛する兄弟姉妹、私たちの悔い改めを、主が喜んでおられます。地上で魂が救われる時、 天では大きな喜びが起こります。であるなら私たち神のしもべが主に悔い改める時、どれだけ大きな喜びが起こるでしょう。どれだけ多くの御使いたちが歓声を上げるでしょう。天では今、大歓声が起こっています!」
 それを聞いて、会衆が「アーメン」とか「ハレルヤ」とか、口々に叫んで立ち上がった。カンカク姉妹は土下座の姿勢から一気に飛び上がった。そして飛び跳ねながらやはり「おー主よ、おー主よ」と同じ言葉を繰り返すのだった。
 その勢いにのって、楽器がまた演奏を再開した。ギターとベースとドラムがいきなり大音量で鳴り響き、キマジメくんは腹の底が振動するのを感じた。全身に一気に鳥肌が立つ。これが聖霊様の臨在か、とキマジメくんは身を震わせた。彼も立ち上がり、勢いに任せて両手を挙げて飛び跳ねた。
「神の民よ、喜びなさい! 喜び踊りなさい!」
 壇上では牧師も飛び跳ねている。
 さっきまでの「涙の静寂」が嘘だったみたいに、皆も飛び跳ねて踊りだす。口笛や拍手や歓声が上がる。照明がグルグル回る。キマジメくんはダンスフロアに行ったことはなかったけれど、きっとこんな感じだろうと思った。
 でもこちらはただのダンスフロアではない。神のダンスフロアだ。
 そのままアップテンポの賛美が始まり、皆で歌って踊った。牧師が歌の間に掛け声を入れる。
「私たちは自由です!」
「主が罪を許して下さったから!」
「恐るものは何もない!」
「主の前に大胆に出ます!」
 キマジメくんは夢中になって歌った。踊った。叫んだ。普段の彼は大きな声を出したり、飛び跳ねて踊ったりする性格ではない。これもやはり、聖霊様のなせる業なのだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。そうでなければこんな自由になれるはずがない。
(僕は今、聖霊様によって自由にされているんだ!)
 キマジメくんは皆の歓声に合わせて「自由です!」と叫んだ。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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5 件のコメント:


  1. 【第85話の補足】

    ここ数回、礼拝の描写が続いていて、ストーリーとして展開していません。これは作者が意図したものでなく、「こういう状況だと何が起こるか」をリアルに考えた結果です。

    つまり溝田牧師の言う「霊的礼拝」とは、盛り上がったり静まったり、叫んだり泣いたり、悔い改めたり、喜んだり、また盛り上がったりと、とにかく「ドラマチック」であることなのです。その急展開に信徒は翻弄されるのですが、その中で「霊的体験」をしたと思い込む信徒が現れ、それが全体に伝搬していく(いわゆる集団ヒステリー状態です)のが、こういう教会の危険性なのですね。

    そのあたりをさらっと書くのでなく、そのまま描写するべきだな、と思いました。
    ちなみに次回からまたストーリーが進んでいく予定です。
    今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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  2. 床に顔をつけて叫びながら泣いてみたり、そうかと思うと何十分後にはだいの大人が飛び跳ねて踊ってみたりホントにそこオオム真理教じゃないの?ホントにキリスト教?修行にしか見えない。なんか陰気臭くてキリスト教とは少しかけ離れて聞こえる。。。私の偏見だろうか。。。。

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    1. これが本当にキリスト教ですか、というのはよくいただくコメントですね。

      たしかに異様な礼拝風景だと思います。でも彼らは「正統」を標榜するキリスト教会なのですね(もちろん、この話自体はフィクションですから、多少大げさに描写しているところはあります)。

      一見ちゃんとして見える教会も、蓋を開けるとこんな状態なこともありますから注意して下さい、というのが作者である私からのメッセージです。

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  3. 大人の男女が雄叫びをあげたり、ピョンピョン跳び跳ねたり、つのぶえを吹いたり。
    かと思ったら、静まりかえって目をつぶり、
    「今、主の臨在がこの教会にあふれています」と牧師が言って、そこにいる人たちが感動する、という様子は目の前で見たことがあります。
    異様だったので、私は呆然としました。

    彼らは聖書から引用したメッセージを語り、
    自分達のことをクリスチャンだと言っていました。

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    1. こういう礼拝を経験したことのある方でしたら、この異様な光景については言葉以上にわかっていらっしゃると思います。たしかに彼らは自分たちをクリスチャン、しかも「真のクリスチャン」だと言って疑わないですね。

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