2018年1月5日金曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第73話

 ノンビリ兄弟の、ほとんど土下座に近い謝罪を見ると、溝田牧師の表情が和らいだ。さすがに言い過ぎたと思ったのだろうか。牧師はノンビリ兄弟の横に膝をつき、震える肩に手を置いた。
「ノンビリ兄弟がわかってくれれば、それでいいんだよ」と優しく言う。「私は君を愛しているから、こんなに厳しく言うんだよ。君に苦しんでほしくないからだ。ほら、私たちは長い付き合いだろう? 君が強く立ち、敵の攻撃をはねのけるくらいになってくれれば、私も安心できるんだよ」
 ノンビリ兄弟は土下座の姿勢のまま、何も言わない。まだ小刻みに震えている。よく耳を澄ますと、何か呟いているような気もする。
 溝田牧師はノンビリ兄弟の肩をポンポン叩いた。「じゃあノンビリ兄弟、しっかり祈って備えなさい。いいね?」
 そして返事を待たずに立ち上がる。「じゃあキマジメくんも、また明日」
「あ、はい」
 牧師はキマジメくんをチラリと見て、もう一回ノンビリ兄弟を見下ろすと、会堂を出て行った。

 次の日から毎週月曜ごとに、教会は「霊の戦い」に出て行った。
 区内の大きめの寺社を、順番に巡って行った。行く先々で「勝利」を宣言した。時には祈りながら街を練り歩くこともした(これはプレイヤーウォークだ、と牧師は言った)。2ヶ月後には永田町のビエ神社にも赴いた。ここでは拝殿の四隅に油を注ぐだけでなく、木の枝を一本折り、「モーセの杖」として「預言的アクション」も行った。
(それぞれの寺社での「戦い」の詳細を書かないのは、どれも似たような光景だったからである。)
 ノンビリ兄弟は結局休むことなく、毎回参加していた。だが調子はその日によって様々だった。妙に明るくテンション高めの日もあれば、塞ぎ込んで無口な日もあった。彼のSNSを見ると、早朝から聖書箇所を立て続けに投稿したり、こんな自分も主に愛されているんだみたいな喜びの投稿をしたり、深夜に涙の悔い改めの投稿をしたり、そうかと思うと一連の投稿を丸ごと削除したりと、不安定な様子を見せていた。彼はもともと社交的ではなかったけれど、最近ますます孤立していた。誰もあえて彼に近づこうとしなかった。キマジメくんも例外ではなかった(キマジメくんの場合、年上に対する遠慮と、どう接するべきかわからないという迷いがその理由だった)。
 そんなこんなで浮き沈みの激しいノンビリ兄弟を空気のように扱いながら、教会は「霊の戦い」を進めていった。
 そしてついに、「敵」の本拠地とも言うべき、日光東照宮を訪れた。

 やはり月曜の夜である。
 東照宮の拝観はすでに終わっているけれど、「行けるところまで行こう」という溝田牧師の指示があり、皆車を降りた。駐車場付近はまだ灯があった。けれどゆるやかな山道を上がるにつれ、あたりは暗くなっていく。表門の前は完全に真っ暗で、月明かりだけが頼りとなった。見たところ誰もいない。
「この時間だと拝殿には入って行けないか」と牧師。表門は閉じており、入館受付も閉まっている。しかし表門の前は広いスペースになっていた。「ならここで勝利を宣言すればいい。我らの主は全能なのだから、距離や時間に縛られることはない。もちろんこの東照宮の強い結界にも、負けることはない」
 暗闇の中、信徒らのアーメンという声が響く。
「では祈ろう」
 牧師の掛け声により、皆「異言」で祈り始める。
 さて、この後の展開はいつも通りである。「異言」の後、カンカク姉妹が「とりなし手」として祈り、感じたことを話す。それを受けて牧師が「霊的洞察」をする。それを聞いて何人かのリーダーたちが祈る。それからまた皆で「異言」で祈ったら、牧師の出番である。ここでは単に「勝利」を宣言するだけの時もあるし、何らかの「預言的アクション」を入れる場合もある。「すべては聖霊の導きに従うのみだ」というのが牧師の説明だった。
「今、賛美をするよう主が導いておられる」牧師は空を見上げたまま言う。「だから皆で一曲歌おう。旗振りと角笛も、導かれるままにやりなさい」
「旗振り」と「角笛」とは、一連の「霊の戦い」の中で始まった活動である。
「旗振り」とは、主に姉妹たちが、2メートル四方くらいの旗(いろいろな色があり、色によって「霊的意味」が違った)を持ち、祈りや賛美に合わせて、応援団みたいに振るものである。
「角笛」とは文字通り角笛のことで、海外から取り寄せた本格的なものだ。主に兄弟たちが持ち、祈りや賛美の合間(それは「霊的なタイミング」だ、と牧師は言った)に高らかに吹き鳴らすのだった。どちらも海外の教会の「預言的礼拝」を参考に取り入れたものだった。
 祈りや賛美の最中にまわりで旗が振られ、角笛が吹き鳴らされると、いかにも神秘的な、象徴的な、ユダヤ的な雰囲気になる(と言ってもキマジメくんはイスラエルに行ったことがなく、ユダヤ的な何かに触れたこともないので、この「ユダヤ的」というのは単なるイメージでしかなかったが)。
 その「旗振り」と「角笛」が、ここ東照宮で出番を迎えたのである。これはいよいよ「最終決戦」なのだろうか? キマジメくんはそんなふうに思って、胸が高鳴るのを覚えた。
 そして賛美が始まった。伴奏はアコースティックギターとカホンである(アウトドアではこれらの楽器がいつも重宝されている)。皆で声を合わせて賛美し、「旗振り」の姉妹たちがあちこちで旗を振り、「角笛」が時々吹き鳴らされる。人の気配がないのをいいことに、皆どんどん盛り上がっていく。カンカク姉妹などは狂ったように踊り回り、ハレルヤとかアーメンとか叫ぶ始末である。教会にいるのと変わらない様相になってきた。
 ここでもし誰かが来たらどうなるだろう、とキマジメくんは不意に心配になった。しかしこれは主の戦いである。主が守って下さるに違いない。それにこういう心配こそが「敵の策略」かもしれない。不安に陥らせることで、士気を挫こうということか。その手には乗らないぞ、とキマジメくんは気を強く持つことにした。
 その時である。どこか遠くの方から、何やら聞こえてきた。ワーワー叫ぶ声と、ドスン、ドスン、という鈍い音である。一同驚いて互いに顔を見合わせた。そのせいで賛美の声が小さくなった。皆耳を澄まして、よく聞こうとしている。
 それは止むことなく聞こえてくる。よく聞くとウォーッとか、セイヤッとか、格闘しているような低い声だった。それに伴ってドスン、ドスン、と響いてくる。山の地形のせいだろうか、何重にも反響して、幻想的な響きだ。賛美が盛り上がったところで始まったから、何か関係あるに違いない。
 その時、溝田牧師が叫んだ。
「ハレルーヤ! 主の軍勢が天から降りてきて、この地を縛る敵の軍勢に、総攻撃を始めたのだ! 今我々は、天の軍勢の戦いに参与している! ガッズアーミーよ! 力の限り歌いなさい! 踊りなさい! 歓喜の声を上げなさい! 角笛よ、高らかに吹き鳴らせ!」
 また賛美の声が大きくなり、楽器もフルボリュームになる。皆手を挙げ、ワーワー叫ぶ。何人かが激しく踊る。角笛が長く長く吹き鳴らされる。
「主の勝利を宣言します!」
 溝田牧師が右の拳を振り上げて怒鳴った。山の向こうから、変わらず格闘の声が響いてくる。
 それからしばらく祈りと賛美が続いた。何人かの信徒が、スマホを山の方に向けている。レコーダーアプリで、「格闘」の音を録音しているらしかった。
 と、いうのが日光東照宮での「霊の戦い」の顛末である。
 その後、格闘の音が止んだので、一同は喜び勇んで帰路に着いた。霊的な戦いの音が、肉声で聞こえたのである。興奮しない者はいなかった。誰もが口々にハレルヤとか、主は素晴らしいとか言っていた。「最終決戦」にふさわしい展開に思われた。
 そんな彼らの車列が山道を抜け、一般道に入る手前で、とある武道館の前を通過した。何人かの信徒がそれに気づいた。明かりの漏れる入り口から、柔道着を着た屈強そうな青年たちが、汗を拭いたりスポーツドリンクを飲んだりしながら、出てくるところだった。中からウォーッという声に続いて、ドスンという音が聞こえてきた。
 もしかして、あの「格闘」の音は・・・。気づいた信徒たちがそれについて何を考えたのかは、残念ながらわからない。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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6 件のコメント:

  1. レベルアップ(したのかな?なんのかな)。
    歓喜。我を忘れる、の瞬間と、
    「音、コレやったんか~(でも言うに言えない)」
    とのコントラスト。切れ味鋭い描写です。
    ありがとうございます。

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    1. ありがとうございます。
      なかなかシュールな展開だと思いますね笑

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  2. Mac Winです。前にも似た投稿を致しましたが、フィクションとは言え、聖書とは全く掛離れた活動に驚きを覚えます。もはやキリスト教とは思えないので心苦しいものがございます。

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    1. 投稿ありがとうございます。
      「霊の戦い」に熱中しているときは、むしろ「自分たちこそ正しい」「自分たちこそキリスト教の真理を知っている」と自負していましたが、終わってみると、返って馬鹿らしく思えるものですね。
      もちろん、初めから「おかしい」と思える方が健全なのは間違いありませんね。

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  3. このキマジメ君ストーリを見ると以前いたセンター世の光教会を思い出す。私にとってはキマジメ君が怒られたり、間違った教理や真理を叩き込まれていくのが他人事ではない。キマジメ君がそこを出る日が来るのか見守りたい。

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    1. カルト系教会はどこも同じようなことをしますので、被害に遭われた方はそれぞれ、「自分の教会みたいだ」とおっしゃることが多いですね。

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