2017年12月29日金曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第72話

 緊急ミーティングが終わり、信徒たちは順次会堂から出て行く。まだ昼食を取っていない人もいるらしく、どこそこの店に行こう、という声が聞こえる。ノンビリ兄弟との挨拶を終えたキマジメくんも、帰り支度を始めた。
 正直言うと、ノンビリ兄弟のことが気になって仕方がない。先週も思い詰めた表情だったけれど、今日はさらに悪くなったように見える。虚ろな表情なのに時々笑ったり、急に話しかけてきたり、沈み込んだ顔で動かなくなったり、といかにも不安定な様子なのだ。スマホをいじっているように見えて、視線が宙を泳いでいることもある。よく見ると、明らかにおかしい。
 かと言って、キマジメくんに何ができるわけでもない。何と声を掛けるべきかわからないし、どうケアしたらいいかもわからない。「霊の戦い」が関係しているのはわかっているけれど、キマジメくんにはどうすることもできない。くわえて、ノンビリ兄弟からも何も言ってこない。
 そんなキマジメくんの葛藤をよそに、ノンビリ兄弟は相変わらず視線が定まらない様子で、会堂を出て行こうとした。ちょうどその時、声が掛かった。
「ノンビリ兄弟、ちょっと待ちたまえ」
 溝田牧師だった。牧師は受付の姉妹との話を終えたところらしく、立ってこちらを見ている。
「ノンビリ兄弟、ちょっとそこに座って」牧師は椅子を指さした。
 言われたノンビリ兄弟は、振り返った姿勢のまましばらく硬直していた。蛇に睨まれたカエルというのをキマジメくんは見たことがないけれど、おそらくこんな感じだろうと思った。ノンビリ兄弟は「しまった」という顔で、目を見開いて、一歩も動かない。
「ちょっと君に話がある。ノンビリ兄弟」
 牧師はキマジメくんのそばで止まった。「キマジメくんも一緒にいいかい」
「僕もですか?」
「うん、一緒に聞いてくれ」
 牧師はキマジメくんの方をチラリとも見ないで言う。厳しい目つきだ。こうなると、断るなんてできない。いつものことだけれど。
「キマジメくんは証人だ」
 そう言って溝田牧師は座る。何の証人なのか全然わからないけれど、キマジメくんも仕方なくその隣に座った。諦めたノンビリ兄弟も戻ってきて、牧師の正面に座った。
「ノンビリ兄弟、率直に言おう。君はだいぶ霊的に落ちているね」
 牧師は背筋を伸ばし、腕を組んで、ノンビリ兄弟を睨みつけた。
「こっちを見たまえ。そう、顔を上げて。・・・君の目を見ればわかる。目が明るければ全身も明るい、と聖書に書いてあるだろう。ほら、今の君の目は真っ暗だ。信仰が死んでいる。いや、霊が死んでいると言ってもいい。どうしてなのか、自分でわかるか?」
 ノンビリ兄弟は黙ったまま動かない。牧師に「どうなんだ」と促されても微動だにしない。キマジメくんは心配になった。ノンビリ兄弟のことでなく、溝田牧師が怒鳴りだすのではないかと心配になったのだ。
「どうしてなのか説明してやろう」と牧師。「原因は霊の戦いだ。私たちが戦っているから、敵がこの教会の弱いところを突いてきたんだ。そして弱いところと言うのは、君だ、ノンビリ兄弟」
 ノンビリ兄弟がやっと反応を見せた。目が少し開いた。
「君が強く立たないと、敵はもっと君を攻撃してくるぞ。弱さを見せれば見せるほど、敵の餌食になってしまうんだ。そして君のところから、この教会の霊的網目がほころんで、やがて全体に影響を与えるんだ。それでこの戦いに敗れることにでもなったら、それは誰の責任だと思う? ん?」
 ノンビリ兄弟の唇が細かく震えだした。何か言おうとしているように見える。顔が白い。いつもの温厚なノンビリ兄弟の顔ではない。頰がピクピク動いている。
「どういうことかわかるか? 君のその弱さが、この教会全体に悪い影響を及ぼしているんだ。そして皆を危険に晒している。特に戦いの矢面に立っている私やカンカク姉妹はどうなると思う? これは、敵に背後を取られるようなものだよ。それでどうやって戦えと言うんだ? えぇ?」
 牧師はノンビリ兄弟の肩を叩いた。すると兄弟はあっけなく椅子から落ちて、床の上にくずおれた。それほど強く叩いたようには見えなかった。もしかしたらノンビリ兄弟は、もう座っているのもやっとだったのかもしれない。
「すみません」
 ようやくノンビリ兄弟の口から言葉が出た。彼は両手を突いて、やっと上体を起こした。力が入らないようだ。
「どうも、霊の戦いに・・・付いて行けなくて」
 ノンビリ兄弟が精一杯の勇気を振り絞って本音を言ったのが、キマジメくんにはわかった。これで解決に向かうのではないか、と思った。なぜなら牧師は普段から、「なんでも正直に話してほしい。お互い腹を割って話そう。ちゃんと話せば、解決できないことなんてない」と言っているからだ。信徒が気持ちを素直に打ち明ければ、牧師はきっとわかってくれて、いろいろ対処してくれるはずだ。ノンビリ兄弟の葛藤も、これで解決に向かうだろう・・・。
 でも違った。
「やっぱりそうだったか!」牧師は待ってましたとばかりに自分の膝をピシャリと叩いた。「私の霊のうちに、はじめから主がそう語っておられたんだ! この兄弟は、霊の戦いに尻込みし、疑っていると! 主が語られた通りだ!」
 そう言いながらノンビリ兄弟を指さす。生徒の間違いを見つけた意地悪な教師のようだ。
「ノンビリ兄弟、これは今すぐ悔い改めないとダメだ」牧師はまた腕を組んだ。「主が君に、悔い改めを促しておられるんだ。このタイミングで私が君に話しかけたのは、おそらくその為だろう。ノンビリ兄弟、主が君を待っておられる。そして君がもう一度強く立つよう、求めておられる。さあ、どうするんだ? このまま主を疑い、聖霊を疑い、悔い改めず不従順を通すなら、今すぐ臨時の役員会を開いて、君の処分を決めなければならない。それくらい重大な話だぞ、これは!」
 臨時の役員会と聞いて、ノンビリ兄弟はさらに震えた。唇が白を越えて、青くなっている。
 そこまでするんですか? とキマジメくんは咄嗟に言いかけたけれど、思いとどまった。そんなことを言ったら自分まで「臨時の役員会」にかけられかねない。もうこうなったら、牧師の言う通りにするしかない。
「そんな・・・そんなに迷惑でしたか」ノンビリ兄弟は震える声で言う。
「言った通り、教会の命運に関わる事態だ」
 牧師は腕を組んだまま答える。
「でも、そんな、そんなつもりじゃありませんでした」
「そこが君の弱さなんだよ、ノンビリ兄弟。これを自分だけの問題だと思っているところがね。まったくもって、霊の目が開かれていない証拠だ。実際は、霊の領域では、君がこの教会の一員である限り、君の問題は教会全体の問題なんだよ。全員の命がかかっていると言っても過言ではない。私たちは全員で、霊的な網を形成しているのだから。どこかが敗れれば、全体がダメになる」
 ノンビリ兄弟はまた黙ってしまった。細かく震えている。両手を突いているけれど、今にも崩れそうに見える。
「君が悔い改めて、また信仰に立つと言うのなら、私も君を愛をもって許そう。そして君のために祈ろう。君はきっと自分の使命に気づいて、もう一度立つことができるだろう。でも悔い改めないと言うなら、もう私は君のことを擁護できない。神の使命に立つには、完全なる従順が求められるからだ。もちろん私にでなく、神に対する従順がね」
 ノンビリ兄弟は何も言わない。震えて床を見つめている。今度は溝田牧師は、答えを急かさなかった。ふうと溜息をつき、ノンビリ兄弟の後頭部を見つめている。キマジメくんはそんな牧師の横顔をチラチラ見る。
 ところで、何故自分がここに居なければならないのか、キマジメくんにはよくわからない。これはノンビリ兄弟の話ではないのか。ただ隣にいるだけなのに、自分が責められているような気がしてならない。
 しばらく経った。どれくらい経ったかわからない。時計を見るのも憚られる。明らかに様子がおかしいノンビリ兄弟を見たくなくて、キマジメくんは会堂の壁を凝視した。そのまま、しばらく時間が経った。
「ちょっと暑いので脱いでいいですか」
 ノンビリ兄弟はおもむろに上着を脱ぐと、近くの椅子の上に置いた。見ると、額が汗ばんでいる。「すみません、汗っかきなもので」
 冷や汗だろうとキマジメくんは思った。
「いやあ、霊の戦いの時もこんなに汗かかなかったのになあ。戦いなのに」ノンビリ兄弟は小さな声で言う。
「何を言っているんだ、君は」と牧師。「大事な話をしている時に!」
「ああ、すみません」とノンビリ兄弟。「もちろん悔い改めます。はい、悔い改めます」
 そして深々と頭を下げた。でももしかしたら、疲れてうな垂れただけだったかもしれない。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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7 件のコメント:

  1. >>敵がこの教会の弱いところを突いてきたんだ。そして弱いところと言うのは、君だ

    ブラック起業の上の人が使う台詞みたいですね…。ガッズアーミーからの読んでいて胸が痛くなる回でした!
    ノンビリ兄弟、確実に精神に来てますね…。おばちゃんは心配です!!

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    1. おっしゃる通り、カルトの手法は、ブラック企業が社員を訓練する手法と同じです。連帯感と罪責感で動けなくし、ひたすら目標に向かわせる、という感じです。

      これからますます胸が痛くなっていくかもしれません(すみません)。ノンビリ兄弟を心配してくださって、ありがとうございます!

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  2. こういう牧師は日によりますが、やたら信徒に厳しく、強制悔い改めマシーンと化す時があります。トラブルか起こると、霊的戦いに向けて祈り備えていない人がいるのではないかとか、誰かの隠れた罪があるのではないかとか、被害妄想まっしぐら。まずは自分には非はないの?

    結局牧師の気分で決まるのですが、本当に信徒の行為が霊的戦いに関して問題点だとしても、そのことを牧師が信徒に十分に説明していなかったことがそもそもの問題点なのです。仮に説明していたとしても、牧師の話が信徒に伝わっていない場合、自分自身を省みる必要があります。自分の説明不足を信徒の責任にするのは未熟です。小学校の教師の説明が下手すぎて子供が理解できていないのに、教師が子供に一方的にキレるのと似ています。

    だから、信徒が霊的戦いにそなえていないなんて!この罪は重いのです!網がほつれてしまう!新しい皮袋が破けてしまう!とか唐突に言い出しても、信徒からしたら、そんな重大な事なら前からしっかりと教えておいてくれよと言いたくなるのですが、時すでに遅し。牧師はとんでもないことを信徒がやらかした風に振舞います。演技力はアカデミー賞もびっくり。推薦されてノミネートされますね。まあ、この脚本の水戸黄門同様のオチは決まっているのですが。

    2018年アカデミー賞のノミネート作品:使徒黄門 〜人生楽ありゃ悔い改めもあるさ〜

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    1. おっしゃる通りですね。
      普段通りのことをしているのに突然怒られたり、そうかと思うと同じことをしても怒られなかったり、基準が曖昧なのですね。また同じうようなことでもこの人だったら怒られず、他の人だったら怒られる、という差別もありますね。
      そういうのが全部、牧師の一存で決まってしまうのでたまりません。

      まさに水戸黄門ならぬ使徒黄門です。いつも同じような展開を延々と繰り返すだけの、茶番というか。

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  3. この話を読んでいるとフィクションとわかっていても胸糞悪い。こんなの脅迫じゃねぇーか、逆にこういう牧師に「こういうのを霊的暴力っていうんですよ、先生。」っていってやりたい。

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    1. あと「マインドレイプ」って言葉も、ありますね。

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    2. おっしゃる通り、脅迫であり暴力ですね。
      溝田牧師は読んでいて腹立たしい存在だと思いますが、最後には報いを受けることになると思いますよ。

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