2017年10月11日水曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第62話

 翌週の日曜日、礼拝の後、「メボ・ルンド聖会」の反省会が開かれた。
 奉仕に携わった兄弟姉妹が一同に会する。キマジメくんもその中にいた。溝田牧師は相変わらず遅れてやってきた。サトリコ姉妹を引き連れて。
「いやー遅れてすまないね。どうしても外せない電話があったものだから」
 牧師はそう言いながら誕生日席にドカッと座ると、足を組んだ。差し出された水を一口飲むと、「紅茶はないの?」と誰にともなく言う。すぐさまサトリコ姉妹が立ってキッチンに向かった。
「さて、じゃあ始めようか。先週のメボ・ルンド聖会を皆で振り返ってみて、次に繋げようか」
 牧師はふんぞり返って一同を見渡す。 
 アーメン、という声が起こった。
「じゃあ、1人ずつ順番に感想を言ってって。でも小学生みたいなのはやめてね。霊に深く感じたことを、端的に話してみて」
 霊に深く感じたことと言われてキマジメくんは正直困ってしまった。何を言ったらいいのだろう。皆は何と言うのだろう。しかし幸いキマジメくんの番は後の方だった。さっそく端のスタッフから「霊的感想」を言い始めた。
「最初から最後まですごい臨在でした」
「主の啓示と癒しに満ちていました」
「身体的癒しというより、心の癒しが顕著に起きたように思います」
「ルンド先生にただただ感謝です。ルンド先生をまた呼ばなければならないと感じます」
「あのおばあちゃん(酸素吸入の老婦人のことだろう)のために祈っている時、涙が止まりませんでした」
「本当に素晴らしい集会でした。言葉がありません」
 誰もが口々に絶賛している。
 しかし正直なところ、キマジメくんにそういう感想はなかった。どちらかと言うと、「何も起こらなかった」としか思えない。これは自分の「霊」が未熟だからだろうか。皆はもっといろいろ感じたり気づいたりしたのだろうか。だとしたら自分はもっと成長しなければならない。それにしても自分だけがこんなに鈍感なのだろうか。
「でも癒しは起こりませんでしたよね?」
 キマジメくんの思考に同調するかのように、誰かがタイミングよくピシャリと言った。とたんに場の空気が固まった。溝田牧師の目が一瞬鋭くなったのをキマジメくんは見逃さなかった。
 発言者に皆の注目が集まる。例によってタタカイ兄弟だった。どこからともなく溜息が聞こえた気がしたが、気のせいだったかもしれない。
「なんだね、タタカイ兄弟?」
 溝田牧師がゆっくり尋ねた。しかし今のが聞こえなかったわけではあるまい。
「癒しの集会でしたけど、癒しは起こりませんでしたよね?」
 タタカイ兄弟は一際大きな声で言い直した。「そうじゃありませんか?」
 一同、ザワザワどよめく。
「皆さん素晴らしいだとか感動しただとか言ってますけど、結局癒しは起こらなかったんだから、癒しの集会としては失敗だったんじゃないんですか? という意味です」
 今度ははっきりと溜息が聞こえた。溝田牧師だった。
「君には表面しか見えていなんだね、タタカイ兄弟」
「表面?」
「そう。君には表面しか見えてないんだよ。物事、特に癒しや奇蹟といった事柄の場合は、もっと深い部分を見なければならないんだよ。霊的な部分と言ってもいいかもしれないね。いずれにせよ表面だけ見ていると、大事なことをすっ飛ばしてしまうんだよ、タタカイ兄弟。そんな態度では何も学べないな」
 そこまで言ったところで、牧師は紅茶を何口か飲んだ。その間もタタカイ兄弟から目を離さない。獲物を狙うような目だ(とキマジメくんは思った)。
 溝田牧師はふんぞり返った上体を少し起こして、机に肘をついた。
「たぶん皆の中にはよくわかってない人もいるだろうから、それについてちょっと話そうか。じゃあ今からちょっと、弟子訓練していいですか?」
 溝田牧師は皆の反応を待つ。そして繰り返す。「弟子訓練していいですか?」
 アーメン、という声がちらほら上がった。「弟子訓練する」とはつまり、何かを話して教えるということだろう。あまり気分のいい言い方ではなかった(とキマジメくんは思った)。
「じゃあちょっと講義するけど、物事には順序があるんだよ。そう、順序、順番、わかるよね。で、どんな順番かって言うと、まずは霊の領域。そしてこの物質界。そしてまた霊の領域。こういう順番があるの。だから癒しも奇跡もまず霊の領域で起こるんだよ。でも霊の領域だから見えないの。でも起こってるの。そしてそれが物質界、つまりこの目に見える世界に、遅れて現れるの。そこにはタイムラグみたいなものがあるから、実際にあの集会の場で何も起こっていないように見えても、実は大変なことが起こってたんだよ? 君にわからなかっただけなんだよ? 私にはビンビン伝わってきたからね、聖霊様の圧倒的な働きが。あの集会で」
 その後も溝田牧師は聖書を引用しながら話を続けた。たとえば創世記において、アダムとエバは禁断の木の実を食べても実際には死ななかった、でも彼らの霊はあのとき既に死んでいた、それから何百年後に物質的な寿命を迎えて彼らの肉体は死んだ、これは物事がまず霊の領域で起こり、次に物質界で起こることの証明だ、云々。
 他にも様々な引用があったけれど、要はあの集会で何も起こらなかったように見えたのは間違いで、実際には「霊的に」すごいことが起こっていたんだ、それがわからないのは「霊的訓練」が足りないからだ、というような話だった。
 溝田牧師はそこまで話し終えると、また紅茶を続けて飲んだ。空になったようで「お代わりもらえる?」とサトリコ姉妹にカップを差し出した。 
 タタカイ兄弟はじっと黙って聞いていた。
「だから物事は霊的な目で見ないとダメなんだよ、我々クリスチャンは」溝田牧師は勝ち誇ったように言い放つ。「皆、先週の集会で霊的な激動があったの、わかったよね? あれがわからない人なんていたの? ちょっと信じられないなあ」
 それまで押し黙っていた一同が、「ああ、たしかに感じました」「やっぱりそうでしたよねー」「いやあれはすごかったですね」「もうただただハレルヤですー」などと言い出す。
 キマジメくんは正直なところ、「霊的な激動」なんてまったくわからなかった。皆本当に感じたんだろうか? 見ると受付係の姉妹もウンウン頷いて「すごかったすごかった」と言っている。でも彼女はたしかずっと受付にいたし、ミニストリー中はほとんどスマホを見ていたはずだ。「霊的な何か」を感じる余裕など、あったのだろうか。
 とはいえ、溝田牧師の話自体はわかった。霊的なものが先になり、物質的なものが後になる、と言うのならそうなのかもしれない。でもキマジメくんにはまだ疑問があった。
「先生、ちょっと質問なんですが」
 キマジメくんは思い切って手を挙げた。「ルンド先生の海外の集会では、その場で癒しが起こっているようなんですが、それはどうしてですか。時間差はないようですが」
 溝田牧師はまた溜息をついた。「キマジメくんはまだそんなことを言っているのか。君はもっと霊の目が開かれる必要があるね。あのねえ、海外と日本では、悪霊の働き方が全然違うんだよ。海外では癒しは奇蹟がバンバン起こっても、日本は悪霊の層に覆われているから、いろいろ妨げられてしまうんだよ。残念ながらね。だから私たちは祈って打ち破っていかなければならないんだよ。そういつも言っているだろう」
 溝田牧師は呆れたようにフンと鼻を鳴らした。
 キマジメくんは何も言えなくなって俯いてしまう。
 そこでタタカイ兄弟がまた手を挙げた。
「なんだい、タタカイ兄弟。まだ何か?」と溝田牧師。
「悪霊に妨げられて癒しが起こらない、ということですか?」タタカイ兄弟は大きな声で言った。「ならどうしてその霊的な激動は起こったんですか? 悪霊に妨げられているんじゃないんですか?」
「ん?」と溝田牧師が返答に詰まったのを、そこにいた誰もが感じた。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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12 件のコメント:

  1. 実にリアルですね。タタカイ兄弟は大好きですね。根源的な、原理的な問いを言うことの大切さを思い知らされますね。根源的、原理的な問いに答えられないときのセリフは「信じられないのか?」というセリフですね。せめて「神秘の世界は、分からないし、説明できない」というべきですね。

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    1. タタカイ兄弟は私の理想でもありますね。こういう人はなかなかいませんが。

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  2. タタカイ兄弟、ナイスなつっこみ(笑)
    こういった霊的な領域がどうのこうの言ってる奴らは本当に信用してはいけないね。
    Fuck

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    1. 現実にここまでクリアにつっこみができたらいいのですが、なかなか難しいですね。

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    2. 反町的に言うなら、「言いたいことも言えないこんな教会じゃ、ポイズン」ですね(笑)

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  3. ピア・プレッシャー、集団心理もさることながら、
    牧師をヒエラルキーの上位に置く、牧師の考え方が問題の根だろうなと思います。
    反対意見は、軸を持っていてぶれない人でないと言えない。
    反対意見や、牧師の方向性と違うことを言って、
    追いやられた信者を何人か見てきました。

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    1. こういう教会で反対意見を言ったらまず追放は間違いないですね。タタカイ兄弟が追放されないのは、他教会の牧師の息子だからです。そうでもなければとっくに追放されています(苦笑

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  4. タタカイ兄弟は、教祖様にとって一番痛いところをついたのですから、教祖様はきっとこれを執念深く覚えているでしょう(笑)。「ひとに恥かかせおって!ばかものがあっ!」

    >「皆、先週の集会で霊的な激動があったの、わかったよね? あれがわからない人なんていたの? ちょっと信じられないなあ」
     それまで押し黙っていた一同が、「ああ、たしかに感じました」「やっぱりそうでしたよねー」「いやあれはすごかったですね」「もうただただハレルヤですー」などと言い出す。

    これは同調圧力といいましょうか、日本人が最も得意とする「空気を読む」というものと申しましょうか。
    日本人はこんなときに正直に「王様は裸だ」といえない国民性があると思います。
    聖書には「幼子のように」とありますが、日本人はこんな場面では絶対といっていいほど、思ったままを言う子供にはなりません。
    それがいい作用をすればいい方向にいくのですが、こんな場面では悪い作用をして悪い方向に行きます。つまり教祖様を増長させてしまうわけです。みんなが教祖様の顔色とその場の空気を読んで、「こんなときはこういうふうなことをいっておけば教祖様から叱られない」といい子ちゃんぶってしまうのです。
    それはヤマギシの子供たちが、世話係の求める答えを言うように育てられるのと同じようなものでしょう。

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    1. 同調圧力に屈する人、それを心地よく思う人、その中でしか生きられない人、というのが日本人には多い気がします。

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  5. 「教祖」が悪いのか?「教祖」を御神輿として担ぎ上げてる人間が悪いのか?
    タケシ映画「教祖誕生」は、鋭いです。

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    1. その映画は未見ですが、重要な問題提起ですね。教祖が悪いのか、教祖を担ぐ人々が悪いのか、というのは。担ぎ上げられた教祖をは、重大な事件でも起こさない限り下ろすのは困難でしょうね。

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    2. 「教祖誕生」は映画もありますし小説もあります。あのストーリーはホームレスを拾ってきて、「非常に厳しい修行を積んだ、なんだかとーってもありがたーい人」に仕立て上げるわけなのですが・・・
      今も印象に残っているセリフは「神様は人間の最大の発明品」というものです。

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