2017年9月18日月曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第60話

  メボ・ルンド師は、酸素吸入の老婦人の真向かいに座った。そして婦人の両肩に手を置いた。真剣な顔でしばらく目を閉じ、何やら呟く。英語とも何とも言えない言葉だった。もしかしたらインディアンの言葉かもしれない。キマジメくんに判断する術はなかった。
「皆さんも、心を合わせて、このご婦人のために祈って下さい」
 溝田牧師が言う。「ご婦人に手を伸ばしましょう」
 すると周囲の信徒らが一斉に手を挙げた。老婦人を中心に、大きな輪ができたような形だ。そして誰ともなく「異言」で祈りはじめる。「助祷」の4人組も距離を詰めている。
 溝田牧師の合図で、奏楽が徐々に盛り上がっていく。ドラムが激しく叩き、エレキギターは高音で鳴く。コーラスらはウーウー唸る。明らかにクライマックスがきた。
 メボ・ルンド師も大きな声で「異言」を唱えはじめた。映画で見たインディアンの言葉のようなイントネーションだ。老婦人の隣にいる金田一帽子の婦人は、合わせた手をスリスリ擦っていて、おそらく仏教か何かと勘違いしているようだ。
 キマジメくんは、老婦人が今にも酸素吸入のチューブを外し、力強く立ち上がるのではないかと思った。ルンド師がアメリカで行ってきたという多くの「癒し」の瞬間を思い描いた。「日本でも大いなる癒しが起こった」ともなれば、これはすごいことだ。教会は一気に注目を集めることだろう。
 ルンド師の「異言」が止み、今度は英語で力強く語りはじめた。溝田牧師がすかさず通訳する。「このご婦人に、主の御名によって宣言する。肺の病よ、今すぐ退きなさい! その細胞の隅々まで、健やかになりなさい! 今、異常な細胞は、一つ残らず消えていきます!」
 大きな「アーメン」が起こり、さらに奏楽が盛り上がる。みな叫んでいる。その喧噪のなかでルンド師が大声を発する。「完全な癒しを宣言します!」
 今度は拍手が起こった。イヤアッとかヒューッとかいう欧米風の合いの手も起こる。何人かの姉妹が、金田一帽子に代わる代わるハグしている。金田一帽子は涙目になって、それでもまだ両手をスリスリやっている。
 ところで酸素吸入の老婦人に、特に変わった様子はない。座ってゼイゼイしている。酸素吸入を外すわけでも、立ち上がるわけでもない。
 喧噪が止み、奏楽も静まったところで、ルンド師が優しい口調で彼女に語りかけた。「ご婦人、癒しは徐々に起こっていくでしょう。これから毎日、信じて宣言し続けて下さい。その宣言に、主がたしかに働かれることでしょう」
 溝田牧師が通訳し終えると、また拍手が起こった(「癒し」は起こっていないのだけれど)。
 さて、中断されていたミニストリーが再開された。信徒はまた講壇前に集まり、ルンド師と溝田牧師が順々に祈っていく。キマジメくんはブースに戻った。受付係と目が合うと、彼女は「ありがとう」と口真似して両手を合わせる。キマジメくんは軽く頭を下げてそれに応えた。
 酸素吸入の老婦人たちはもう帰るようだった。金田一帽子が周囲の姉妹たちに何度も頭を下げ、ジャージの女性が荷物を整理している。老婦人は両脇を抱えられ、ゆっくり歩いていく。受付係と二、三言葉を交わすと、そのまま会堂を出て行った。金田一帽子が最後、講壇の方に向かって頭を下げた。
 それから数分後、「助祷」の4人組の1人が、突然その場にしゃがみ込んだ。両手で腹を押さえている。「ううっ、腹が、腹が・・・」そのまま倒れこむ。他の3人が駆け寄って、声をかける。 周囲がざわつく。男たちの1人が大声で叫んだ。
「ルンド先生! 急病人です。癒して下さい!」
 溝田牧師が通訳しなくても、ルンド師はその状況を理解したようだ。ミニストリー中だった相手に「スミマセン」と言うと、大股で歩いてくる。溝田牧師も付いてきた。ルンド師は倒れている男に手を置くと、英語で早口で何か言った。それからしばらく「異言」を続ける。溝田牧師は何も言わない。
 すると男がスクッと起き上がった。「あれ、痛くない! 急に痛みが消えたぞ!」
「癒しが起こったんだ!」別の男が叫ぶ。「ハレルヤ!」
 やや沈黙があったあと、拍手が起こった。
 キマジメくんは呆然とその様子を眺めていた。今のはいったい何だったのだろう。なんとも言えない思いが胸につかえて、出てきそうになかった。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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1 件のコメント:

  1. 婆さん死ぬね。ご愁傷さまでした。
    Fuck

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