2017年9月10日日曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第59話

 受付係はキマジメくんに仕事を押し付けると、早々にデスクに戻って行った。自分だって暇なはずなのに。彼女は金田一帽子にもうしばらくお待ち下さいと笑顔で告げると、またキマジメくんの方を見た。そして「早く行け」と無言の圧力をかけてくるのだった。
 講壇前ではルンド師と溝田牧師が「癒しのミニストリー」を続けている。今は中年女性の頭にルンド師が手を置いていて、溝田牧師が彼女の耳もとで日本語通訳をしている。1人1人にずいぶん時間がかかっている。ざっと測ったところ、5分から10分くらいだ。通訳中の溝田牧師に声を掛けるわけにはいかない。掛けたらえらく怒られるだろう。だからチャンスは祈り終えてから次の人に声をかけるまでの間だ。その間に牧師を捕まえるしかない。それが現実的だと思われた。
 キマジメくんはすぐ隣にいる音響係の若者に「ちょっと離れます」と声をかけて立ち上がる。音響係もパソコンをいじることができるので、もしもの時は対応してくれるはずだった。もっともミニストリー中にパワーポイントをいじることはないだろうけれど。音響係は快く頷いてくれた。彼とはあまり話したことはないが、いつも何かと親切だった。キマジメくんは軽く頭を下げると、パソコンから離れた。
 そしてブースを出て歩く。すぐに「助祷」4人組の壁にぶつかった。真ん中の2人の間を横向きになって通り過ぎる。何となく、ぶつかりたくなかった。通過する時に汗の嫌な匂いがした。どちらの男の匂いかわからなかったけれど、不潔な服装といい不快な汗の匂いといい、やはり(そう表立って言うことはできないけれど)関わりたくない人種だ。
 そして人がまばらに座った会衆席を抜け、講壇前の群衆にぶつかる。人がほとんど隙間なく立っている。すみませんと声をかけながらその間を縫って進む。群衆を抜けるともう舞台だ。奥の方に楽器の奏者がいるだけで、舞台上はガランとしている。
 さて、お目当の溝田牧師まで距離2メートル程となった。まだ中年女性へのミニストリーが続いている。でもそろそろ終わっていい頃だ。終わったタイミングで捕まえなければならない。チラと受付係の方を見た。けれど群衆に阻まれて何も見えない。もっとも、見えなくて気が楽だった。
 あとは待つだけだ。キマジメくんはジリジリと距離を詰め、牧師まであと1メートル程となった。これならほぼ終わった瞬間に、溝田牧師に触れることができる。そして手短に事情を話せば、このミッションは完了だ。

 これまでの溝田牧師とのやり取りが思い出される。礼拝に寝坊して怒られたこと、ビデオの操作がうまくできなくて怒られたこと、ポスターの仕上がりが悪くて怒られたことなど、なぜか怒られたことばかりが想起された。それらが自分にとって必要な「訓練」だったと、理解することはできる(牧師自身そう説明していた)。でもどこか理不尽な気もするのだった。あれは本当に怒られなければならないことだったのか。他の人も皆あんなふうに怒られているのか。失敗したら怒るのが神様のやり方なのか。
 しかしいずれにせよ、溝田牧師にはあまり近づきたくない、というのが正直なところだった。それが良くないことだと、わかっている。でも事実なのだから仕方がない。いつかこの思いも変化するのだろうか。クリスチャンとしてもっと成長すれば、牧師と正しい関係や距離感を築けるようになるのだろうか。
 わからないけれど、そう期待するしかない。
 とにかく今こうしている間も、キマジメくんは溝田牧師に話し掛けたくはなかった。だからこんな話を振ってきた受付係のことが恨めしい。もちろんそんなふうに考えてはいけないのだけれど。

 しかしキマジメくんの悪い予感とは裏腹に、溝田牧師は好意的な反応を示した。
 通訳が終わった後の沈黙を捕まえて、キマジメくんは牧師の耳もとでささやいた。「先生、病気で長居できない方がいらしてます」
 溝田牧師はキマジメくんの指す方を見た。群衆に邪魔されていたけれど、酸素吸入の老婦人の姿が垣間見えたのだろう。一瞬の逡巡の後、牧師は言った。「先に祈ってほしいって?」
「はい」
「わかった」
 溝田牧師はルンド師の耳もとまで行って、手短に何か話した。ルンド師は何度か頷いた。
「場所を開けて下さい」溝田牧師がそう言うと、すぐに群衆が分かれた(キマジメくんはそれを見て、モーセの割れた紅海を連想した)。
 そしてルンド師と溝田牧師は、まっすぐ酸素吸入の老婦人のもとへ向かう。金田一帽子が嬉しそうに近づいてきた。「先生、母のために祈ってあげて下さい」
「どうしましたか」と溝田牧師。
「母は肺ガンの、もう末期なんです。もう呼吸も苦しくて、酸素吸入しないとダメなんです。体も弱ってしまってここまで来るもの大変でした。タクシーが道を間違えたもんですから・・・」延々と続きそうな話を遮って、牧師はルンド師に簡単に説明した。ルンド師は「オーケイ」と子供に言い聞かせるような丁寧な口調で言う。そしておもむろに老婦人に手を置いた。
「助祷」の4人組がいつの間にか近づいていて、ほとんど老婦人を取り囲むように立っている。そして激しい「異言」を始めた。ここが正念場だと判断したのだろう。ルンド師は眉間にシワを寄せて、しばらく黙っていたけれど、また目を開いて溝田牧師を見た。「ではこの婦人のために、癒しを宣言しましょう」(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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1 件のコメント:

  1. ついに癒しが宣言されますね。主の奇跡的で完全な癒しが起こることを信じ、先取りの感謝を捧げます!ハレルヤ!!!
    Fuck

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