2017年8月4日金曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第55話

「ではこの集会のスペシャルゲスト、メボ・ルンド先生を紹介します」
 溝田牧師がそう言って指をパチンと鳴らす。スクリーンにルンド師の写真がでかでかと映し出される。あらかじめ決められた合図(牧師の指パチン)に従って、キマジメくんがパワーポイントを操作したのだ。こちらに向かって微笑むルンド師の横に、何行かの文字列がシュッと浮かぶ。師の経歴を簡単に記したものだった。
「えー、メボ・ルンド先生は・・・」溝田牧師が説明をはじめる。

 ルンド師はアメリカ・インディアンの血統で、幼い頃からクリスチャンだった。あるとき大病を患い、死の淵をさまよった。けれど奇跡的な「癒し」を体験した。以来「癒し」の賜物が開花して、病人に手を置けば癒されるようになった、という。それを神からの使命だと感じたルンド師は、「癒しのミニスター」として働くようになった。すでに全米で、多くの人々がルンド師による癒しと奇跡を体験している、と牧師は紹介した。

「ハレルヤ皆さん、主は生きておられます!」溝田牧師が笑顔で言う。すかさず多くの「アーメン」が返ってくる(一応伝道集会だから新来者がいるかもしれない、アーメンのような専門用語は使わない方がいいのでは、という配慮は当然ながら皆無であった)。
「ではさっそく、ルンド師を講壇にお呼びしましょう。皆さん盛大な拍手を!」
 会堂中を拍手が包む。その中でルンド師がゆっくり立ち上がる。振り向いて会衆に手を振る。そして一歩一歩、足場を確かめるように進み、ステージに上る。ルンド師が講壇に着くまで、拍手は鳴り止まなかった。

 そのときキマジメくんは、何やら奇妙な音を聞いた。それが人の声だと気づくのに、しばらくかかった。拍手の音に紛れて、小さく聞こえてくるのだ。発信源はどうやら例の4人組だった。彼らは一様にステージに手を伸ばし、(後ろ姿ではあったけれど)何やら唱えているようだ。周りの人たちが遠慮がちに奇異の目を向けている。4人は体を左右に揺らしながら、お経のようなものを唱えているらしい。それがお経でなく「異言」であることに、キマジメくんはしばらく気づかなかった。
 どうやら講壇に上がるルンド師のために、彼らは「助祷」しているようだ。

 何かの本で読んだ、アメリカのメガチャーチの話をキマジメくんは思い出した。そこの日曜礼拝で、牧師がメッセージをしている間、祈祷室にこもってひたすら「助祷」する人たちがいる、という話だ。「メッセージは霊的戦いだから、祈りで牧師をバックアップしなければならない」というわけで、「牧師のメッセージ中の助祷係」みたいな役割があるのだとか。あの4人はルンド師のために、それを実践しているということか。
 そういう霊的意味があるとわかると、キマジメくんは感心せずにいられなかった。あの4人組、第一印象は(正直言って)悪かったけれど、ルンド師の集会の常連だというのは本当らしい。ということは彼らも「癒し」を沢山見てきたのだろうか。この日本で大々的に「癒し」が行われたと聞いたことはないけれど、もしかしたら自分が知らないだけなのかもしれない。ぜひ彼らの話を聞きたいものだ(とキマジメくんは思った)。

 さてルンド師が講壇につき、持っていた大きな聖書を開いて置くと、拍手が完全に止んだ。急にシンと静まりかえる。皆ルンド師の第一声を聴き逃すまいと、固唾をのんで見守っている。4人組の「助祷」も一気にトーンダウンして、ほとんど聞こえないくらいになった。でもやはり手を小さく挙げて、体を軽く左右に揺らしているので、「助祷」自体は続けているらしい。もしかしてメッセージ中ずっと祈っているのだろうか。

 その「助祷」の存在にルンド師が気づいているのかどうかわからないけれど、彼は落ち着いた声で話しはじめた。
「ミナサン、コンニチワ」(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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1 件のコメント:

  1. >大病を患い、死の淵をさまよった。けれど奇跡的な「癒し」を体験した。以来「癒し」の賜物が開花して、病人に手を置けば癒されるようになった
    これは神道でも仏教でも新興宗教系ではよくある話です。

    例の怪しげな四人組で思い出したのは「四隅の祈り」ですか。お堂の四隅で祈る活動ですが。また密室の祈りといってお堂の隣の小部屋で祈るというのもあります。

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