2017年7月30日日曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第54話

 元気なプレイズソングが終わり、しっとりしたワーシップソングが始まる。皆それまでのジャンプやダンスや掛け声をやめて、目をつぶって手を挙げたり、その場に跪いたり、胸の前で両手を握ったりする。すでに声を上げて泣いている人もいる。歌詞に関係なく「主よ・・・」とささやく人もいる。
 みんな主に触れられているんだ、とキマジメくんは感動しながら思った。彼がクリスチャン生活の中で一番好きな場面だった。ただ神様を賛美して、礼拝するだけの時間。彼自身はパワーポイントの操作があるからできないけれど、心では神様を礼拝していた。

 そんなワーシップソングも佳境に入り、「霊歌」に移行した。霊歌とは「聖霊に導かれるままに、主を讃える言葉や『霊の言葉』を、メロディにのせて告白するように歌うこと」だと教えられている。
 この教会では霊歌は習慣的に歌われているので、教会員は皆勝手がわかっている。賛美リーダーが「霊の歌をもって自由に礼拝しましょう」と言うと、皆自然に霊歌を歌いはじめた。
 霊歌の間、奏楽は3つか4つのコードの繰り返しになる(コードは奏楽者たちが事前に打ち合わせている場合もあれば、その場のセッションで決まる場合もある)。皆それに合わせて、聖書の一節を即興のメロディにのせて歌ったり、祈りの言葉を歌にしたり、アーとかウーとかハモったりする。皆それぞれが聖霊に導かれているのだった(と、キマジメくんは確信していた)。

 霊歌は賛美礼拝のクライマックスであることが多い。今回もそうだった。場の雰囲気が盛り上がるにつれ、ドラムは激しいリズムを叩き、ギターは高音で鳴り響く。照明がグルグル回り、ステージ袖からスモークが湧き上がる(溝田牧師の指示でスモーク係がスイッチを入れたのだ)。皆叫んでいる。楽器の音が大きすぎて、叫ばなければ自分の声だって聞こえないくらいだ。コーラスの奉仕者たちは狂ったように声を上げ、両手を挙げたり体を震わせたりしている。まさにクラマックスだった。

 そこに満を持して、溝田牧師がステージ中央に現れる。牧師はワイヤレスマイクを握り、しばらく左右を歩き回り、顔を挙げて、恍惚の表情を浮かべる。照明で顔が光り輝いて見える(モーセのようだ、とキマジメくんは思った)。
 その溝田牧師の右手が高く掲げられる。「教会よ、手を挙げなさい! 主に向かって!」
「アーメン!」という応答とともに、会場中の手が挙がる。キマジメくんのいるブースはステップ4段分高くなっているので、皆の手が、麦畑の稲穂の波のように見えた。
「主をこの所にお迎えするのです! 教会よ!」
「アーメン!」
「主は力強く来られる! 全ての権能をもって!」
「アーメン!」
「主をこのところに、拍手をもって迎えましょう!
「アーメン!」
 稲穂が崩れ、こんどは大きな拍手が起こる。チャペル中を満たす。その間に奏楽は最後の盛り上がりを見せ、徐々にフェードアウトしていく(溝田牧師が目で合図したのだった)。
 拍手がおさまると、場は急速に静かになる。そして今度は何一つ音のない静寂となった。キマジメくんは何か機械的な音が聞こえるような気がしたけれど、耳鳴りかもしれない。
「ハレルヤ主よ・・・」
 溝田牧師は溜息のようにそう囁くと、しばらく沈黙した。会衆は黙って次の言葉を待っている。牧師は眉間にシワを寄せて、何かを聞いているようにウンウン頷いている(主に語られているんだ、とキマジメくんは思った)。
 次に口を開けたとき、牧師は笑顔だった。
「ハレルヤ皆さん、今日、このところで、癒しの奇跡が起こると信じます。主もそれを願っておられます」
 会衆は全力のアーメンでそれに応えた。
「では皆さん、ウェルカムタイムです。互いに歓迎し合いましょう!」
 牧師に促され、会衆はそれぞれ席を離れて挨拶をはじめる。まず隣近所どうしで握手したりハグしたりする(握手が基本で、同性どうしならハグもする。異性間のハグは暗黙的に禁止されている)。次に席を離れて、遠くの人と挨拶し合う。どこまで遠くに行くかは人それぞれだ。チャペル中の全員と挨拶しようという勢いの人もいれば、そこそこで自分の席に戻る人もいる。席を離れず、最初から仲の良い者どうしでくっ付いている人もいる(これは若者が多い)。
 キマジメくんはブース内にいるので、隣の2人の音響係と挨拶しただけだった。それよりこういう「空き時間」に溝田牧師から何か指示されることがあるので、自然に目で牧師の姿を追っていた。牧師はルンド師と長い抱擁を交わしたあと、サトリコ姉妹とハグして話していた(先ほど異性間のハグは禁止されていると筆者は言ったが、この溝田牧師は例外である)。牧師がこちらを見る様子はなかった。キマジメくんは安堵して、この先のスライドをもう一度確認した。
 ふと、例の(小汚い)男の4人組が目に入った。ルンド先生の集会の常連だという彼らだ。4人はソワソワとまわりを見回していて、挨拶に行く気配はない。出された手を軽く握り返すくらいだった。
 こういう集会の常連なら挨拶(この教会でいうウェルカムタイム)も経験しているはずだから、初めてで戸惑っているということはないだろう。クリスチャンの、しかも大人ならば、積極的に挨拶するものだろうとキマジメくんは思っていた。聖書にもそのようなことが書かれているはずだ(箇所はすぐには思い出せなかった)。ならばなぜ、この「常連組」は挨拶という基本的な行動を積極的にしないのか。しばらく考えたが、わからなかった。
 そうしているうちに溝田牧師がまたステージに立った。「皆さん、では席にお戻り下さい」
 名残惜しそうに挨拶を続ける人もいるが、すうっと潮が引くように、皆席に戻っていく。チャペル内がまた静かになる。溝田牧師は全員が座ったのを確認してから、またマイクを口に当てた。ついにルンド先生を講壇に呼ぶのだった。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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1 件のコメント:

  1. 四人組の男の行動気になりますね〜。何か意図があってのことなんですかね。
    いよいよメルボンド登場ですか。癒しに心から期待します〜!Fuck

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