その「天国」は何教の「天国」ですかって話

2015年10月2日金曜日

「天国」あるいは「地獄」の問題

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 某自称クリスチャンは「天国を見た」とか「地獄を見た」とかいう話が好きらしいけれど、最近「天国見学」「地獄見学」という動画を紹介している。ためしに「天国見学」の方を見てみたけれど、本当にひどい。これを見て信じてしまうクリスチャンがいるとは思えないのだけれど、残念ながらいるようだ。信じてしまう人には基本的に何を言っても無駄なのだけれど、かと言って黙ってもいられないので、この動画の明らかに間違いについて書いてみる。

 たぶん細かく検証すれば沢山の間違いがありそうだけれど、ザッと見ただけでも指摘できるのは次の点だ。

 「地上での義の行いを霊魂が吸収して、(天国での)体に変化する
平凡に生きたクリスチャンと一生懸命頑張ったクリスチャンが同じ天国に住むのは不公平なので、天国ではそれぞれ違った待遇を受ける

 これは要するに、「地上でクリスチャンとして長く多く善行を積まないと、天国でみじめな思いをするぜ」ということだ。だから教会に仕えろ、頑張って奉仕しろ、たくさん献金しろ、牧師の言うことを聞け、みたいな話になる。「天国で永遠に愛し合う」とか言っているけれど、要は自由競争の天国であって、その意味でこの世界の延長でしかない。天国でも永遠に競争したい、優劣の差を見せつけたい、という人には良い場所かもしれないけれど。

 しかしこの考え方は、聖書の基本的な主張に思いっきり反している。マタイの福音書20章が支持する天の御国の在り方は、「労働時間にかかわらず皆同じ報酬がもらえる」である。そのことは例話で紹介されているけれど、ぶどう園に朝早くに雇われた人、9時頃雇われた人、12時頃雇われた人、15時頃雇われた人、17時頃雇われた人、みんな同じ1デナリを約束され、その通り1デナリをもらっている。早朝から働いた人と夕方から働いた人とではたぶん労働時間が10時間以上違うけれど、どちらも報酬は同じである。
 これは労働者の視点に立てば相当不公平な話だけれど、神様の視点ではそうではない。

 だからこの動画は人間側の視点で作られており、神様の視点を無視している。神様を無視しているのに、それが神様からのメッセージであるはずがない。

  他にも、天国の描写がまるで丹波哲郎の『大霊界』(古いか) みたいで、見ていると何教なのかわからなくなる。イスラム教だとジハード(聖戦)で殉教した者は天国ですごい待遇を受けるとされているけれど、それに近いものがある。どれだけ頑張ったか・頑張らなかったか、が問題とされているからだ。そこでは「キリストの恵み」はもはや恵みでなく、たくさん奉仕して献金しないと得られない報酬となっている。


 という訳でこの動画、たぶんキリスト教の「天国」の話でなく、べつの宗教の「天国」の話だと思う。この動画を支持する人は基本的な聖書教理を間違えているので、考え直した方がいいと私は思う。

 ちなみに動画はyoutubeで「天国見学」「地獄見学」で検索すれば出てくると思うので、興味のある方はどうぞ。長くて見るのが大変な割に、得るものは少ないと思うけれど。

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