2014年11月30日日曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第48話

 1週間が過ぎ、また『メボ・ルンド聖会』のミーティングがあった。

 はじめに、例によってみなで「異言」で祈った。1時間ほどかかった。後半の方は(感情的に)だいぶ盛り上がり、御言葉の絶叫とか、アーメン三唱とか、アカペラ賛美とかがあった。ミーティングルームは初冬とはいえ窓が結露を起こす程の熱気に包まれた。祈りが終わると、換気したり水分を取ったり、みな若干のブレイクが必要であった。

「じゃ、始めようか」
 束の間の休憩のあと、溝田牧師の一声で、信徒らは即座に席についた。キマジメくんも、ジュースを飲みながらノンビリ兄弟と話しているところだったけれど、席に戻った。
「じゃ、またそれぞれの担当の進捗状況、報告して」
 という訳で、また端から順番に報告が始まった。軽食係の姉妹は、先週の反省を踏まえて、カボチャを使うメニューを全て変更していた。
 みな、自分の報告で何を言われるかと緊張しているようだった。けれど今日の溝田牧師は笑顔が多く、ウンウンと話を聞いているだけだった。
 そしてキマジメくんの番がきた。彼は作りかけのメボ・ルンド師の紹介映像と、紹介HPをスクリーンに映して見せた。紹介映像はいろいろな素材を組み合わせて、神秘的な、いかにも癒しの奇跡が起こりそうな雰囲気に仕上がっている。自分でもなかなか良い出来だと思っていた。溝田牧師も満足げにウンウン頷いている。

 実はここまで作るのに3日ほど徹夜していた。慣れない映像編集ソフトに四苦八苦しながら、また素材集めにネットを奔走しながらの3日間であった。限界がくると眠り、起きたらまた作業する、その繰り返しだった。「これも主のため」と何度自分に言い聞かせたかわからない。

「いいねえ、キマジメくん」映像が終わって溝田牧師が言う。「よくできてるよ。君、映像の才能があるね。私が見込んだ通りだったよ」
 まわりの信徒らも、口々に賞賛している。
「ありがとうございます・・・」キマジメくんがそう言い終らないうちに、牧師が続けた。
「じゃあこれ、早く完成させて、youtubeにアップして。完成したら即アップね。それで、閲覧数の目標は・・・そうだな、1週間で1000回にしよう。1週間に1000回。それくらい行かなきゃダメでしょ」
「ああ・・・はい。youtubeですね」とキマジメくん。
「そう、youtube。アップの仕方とかアピールの仕方とか、勉強しといてね。それくらいメディア担当なら当然だから」
「あ、はい・・・」
「じゃあ映像はノルマ週1000回ってことで。サトリコ姉妹、記録しといて。じゃあ次、報告して」
 溝田牧師が手早く指示を出すと、次の信徒が報告を始めた。

 報告が一通り終わると、また溝田牧師の長い話があった。この聖会の必要性とか、メボ・ルンド師が最近どんな奇跡を起こしたかとか、教会が今霊的にどういう状態でメボ・ルンド師の来日がどう関係しているかとか、以前も聞いたような話が延々と語られた。スタッフらは口々に「アーメン」とか「おおぉ」とか「ハレルヤ」とか相槌を打っていた。

 最後に溝田牧師は言った。
「じゃあ当日は、みんな病気の知り合いとか連れてきて。でも、ただの風邪とかじゃダメだよ。長く患ってる病気で、治りにくそうなヤツがいいな。そういう病気の知り合いに今から声をかけておいて、当日連れてくるように。なんたって今回は、癒しとミラクルの聖会なんだから」
 まわりのスタッフが「アーメン」とか「そうですよね」とか相槌を打つ。
 そんな中、一人のスタッフが手を挙げた。「先生。実は病気の友人がいるのですが、長く入院しています。今回の聖会のビデオを見せようとは思ってはいるのですが・・・」
「君ねえ」溝田牧師の口調が、今日はじめて変わった。「癒しについての君の信仰は、その程度なのか? また、友人に対する君の愛は、その程度なのか? 中風を患った人を、屋根を壊してまでイエス様の下に運んだ、あの4人のことを君は知らないのか?」
「えっと・・・」そのスタッフは牧師の豹変に戸惑いを隠せない。「それは知っていますが・・・」
「いいや、知っているとは言えないな」牧師は言い放つ。「もしあの4人が今ここにいて、その入院中の友人のことを知ったら、どうすると思う?」
「えっと・・・」スタッフは口ごもる。「それは・・・」
霊的に考えなさい!」業を煮やして牧師が叫ぶ。ミーティングルームは水を打ったように静まり返った。「イエス様のみもとに連れて行くために、彼らは人の家の屋根まで壊したんだよ? それを考えたら、入院中だからとか何だとか、何の関係がある? この世の常識に縛られていたら、私たちはイエス様の奇跡なんて体験できない。それじゃ信仰は死んだも同然だ!」
「はい、すみません!」
 そのスタッフは何度も謝る。目に涙を浮かべながら。
「じゃあ先生」そのとき誰かが口をはさんだ。落ち着き払った声だった。「その病人を無理矢理病院から連れ出して、教会に連れてこいってことですか?」
 一同が声の主を見る。キマジメくんも反射的に見た。やはり、タタカイ兄弟だった。
 溝田牧師が口ごもった。「どういう意味だね?」
「いや、意味もなにも、ただ確認しただけです。その、常識を超えるのがどういうことかと思って。べつに入院患者さんは正式に手続きすれば、問題なく外出できますよね。だったら、じゃあ何が常識を超えることなのかな、と思って」
「そりゃ君、霊的に常識を超えるというのは、いろいろな意味があるからね」
「はあ、では具体的にはどんな例があるのですか?」
「それは君、信仰は生きているからね、その時その時で示されることがある。過去にこうだったからとか、ああだったからとか、そういうことは通用しない。だから私たちは、常に聖霊様の導きに敏感でなければならない。しかし聖霊様にいつも聞いていれば、おのずとその意味が示されるだろう」
「はあ・・・」タタカイ兄弟はそれきり黙った。
「よし、じゃあ今日はこのへんで終わりにしよう」溝田牧師が早口で元気よく言う。「じゃあみんな来週まで、それぞれ仕事を進めるように。よろしく!」

 そこで解散となり、スタッフらは伸びをしたりお茶を飲んだり、帰ったり歓談を始めたりする。キマジメくんはさっそくyoutubeについて調べなきゃなと思いながら帰り支度をした。
 帰りがけ、溝田牧師に挨拶しようと思ったが、もういなかった。珍しく早々に帰ったようだ。代わりに一人黙って座っているタタカイ兄弟の姿が目に入った。兄弟はブツブツと、何かつぶやいているようだった。(続く)

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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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1 件のコメント:

  1. ビートたけしの「教祖誕生」を思い出しました(笑)。冒頭で怪しい新興宗教が路上でパフォーマンスをやっていて、若い女性が車いすの老女をつれてきて、その老女が教祖様のおかげで車いすから立ち上がり、教祖様の奇跡!とやるくだりです。もちろんそのあと「本物の病人」がすがってくるのですが、「教祖様はお疲れです」とかいってごまかし・・・。
    新興宗教では病の癒しをいい、こういったパフォーマンスをやることがよくありますが、これはサクラなのは常識です。「あら、あの人じゃない?この宗教がどこそこでやっていたときにも確か出てきたわ」となるわけです(笑)。
    今回のキマジメ君の教会で連れてこいといわれた病人は、長く患っていて治りにくそうなやつということですか。それなら「この人は無毛症で長年悩んでいます。必ず癒してやってください!」といって年季の入ったつるっぱげをつれていくといいと思いました。
    この世の常識に縛られていたらキリストの奇跡は体験できないというのでしたら、ぜひそのありがたいキリストさんの奇跡とやらを目の当たりにしたいものではありませんか。「長年のつるっぱげがフサになんかなるはずがない」というこの世の常識をぜひとも打ち破っていただきたいものであります。

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