2014年11月1日土曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第45話

「タタカイ兄弟!」
 溝田牧師が怒鳴る。「戻りたまえ!」
 空気が凍りつき、スタッフらは暴風に耐えて立つ木のように固まる。レストラン中の視線がこのテーブルに集まるのを、キマジメくんは後頭部に感じた。
 それでもタタカイ兄弟は歩くのをやめない。振り向きもしない。
「タタカイ兄弟!」ともう一度牧師が叫んだ。けれど兄弟はそのままレジを抜け、ドアを開けて出て行った。チャリンチャリン、という鈴の音だけを残して。
 しばし無言。スタッフは誰も何も言わない。動きもしない。牧師は長い溜息を一つついて、やけに静かに言った。「・・・まあ、彼はまだ若いからな」
 そしてクククと笑った。スタッフは一緒に笑うべきなのかどうかわからない、と言いたげな表情で口元を引きつらせた。

 それから一行は、言葉少なく教会に戻った。そして朝から続くミーティングを終わらせるべく、ようやく本題に入った。伝道集会で何をするか、担当をどうするか、予算をいくら付けるか、そして次回のミーティングをいつにするか、等。ものの30分で終わった。けれど時間はすでに午後5時。朝からこれをやっていれば、どれだけ効率が良かったか、とキマジメくんはチラリと考えた。しかしすぐにその考えを否定した。きっと祈りの時間や牧師の話を聞く時間を持ったから、実際的な話がスムースに進んだのだ、と考え直すことにした。

 ミーティングが終わった帰り道、そういえばタタカイ兄弟はどうしたのだろうと考えた。結局あれから姿を見ていない。帰ってしまったのだろうか。牧師にあれだけのことを言ったのだから、きっとただでは済まない、とキマジメくんは思った。
 シンジツ兄弟のことを思い出した。彼は悪魔の影響を受け、牧師に批判的なことを言ったそうだ。そして自分の罪を認められず、教会を去って行ったという。
 今回のタタカイ兄弟も、それと同じような気がした。彼もこのまま去ってしまうのだろうか。
 しかしタタカイ兄弟とは接点がなく、ほとんど話したことがないから、キマジメくんには何の感慨もなかった。そしてそういう自分を、なんて薄情な人間だろうと思った。同じ教会の兄弟なのに、何とも思わないなんてことがあっていいのだろうか。心を痛めて悲しむのが、クリスチャンとしてあるべき姿ではないだろうか。
「主よ、許して下さい」
 キマジメくんは心の中で悔い改めの祈りをした。

 しかし、キマジメくんが予想したようにはならなかった。水曜の祈り会(プレイヤーナイトと教会では呼んでいる)にも、木曜の「ダビデの幕屋」の礼拝にも、金曜の男性の集まり(メンズミーティングと呼んでいる)にも、土曜の礼拝準備にも、日曜の礼拝にも、タタカイ兄弟はやって来た。そして牧師とも普通に話し、特段変わった様子を見せなかった。キマジメくんとも自然に挨拶した。
 何がなんだかわからなかった。シンジツ兄弟の時と、何が違うのだろうか。
 あるいはもしかしたら、あの後、タタカイ兄弟は牧師に謝罪したのかもしれない。そして和解したのかもしれない。それならまだ理解できるけれど。

 その日曜は、溝田牧師が別の教会に呼ばれて不在だった。礼拝は副牧師たちが執り行い、いつもより早く終わった。キマジメくんは特別することもなかったので、帰ろうと思った(正直、疲れていたので早く眠りたかった)。けれどノンビリ兄弟と久しぶりに話す機会があり、一緒にランチをとることになった。二人は近所のラーメン屋に入った。

「久しぶりだね、キマジメくん」
 はじめはノンビリ兄弟と他愛ない話をしていたキマジメくんだけれど、タタカイ兄弟について何か情報を得られるかもしれない、と思った。ノンビリ兄弟はずいぶん長くこの教会にいると聞いている。何か皆が知らないことを知っているかもしれない。
「ノンビリ兄弟、じつは・・・」
 キマジメくんは月曜のミーティングでの出来事を話してみた。そしてタタカイ兄弟が何もなかったように教会に集っていることが疑問だと、言ってみた。
「へえ、そんなことがあったんだ」ノンビリ兄弟は感心したように言う。「さすがタタカイ兄弟だね。実は彼、〇〇教会の牧師の息子なんだよ」
「え?」
「そう。牧師の息子。で、彼も将来は牧師になりたいらしい。で、今はウチの教会に、いわゆる修行に来ているんだよ。もう何年にもなるんだけどね。〇〇教会の牧師は溝田先生と同期だっていうから、先生も、タタカイ兄弟には特に思い入れがあるんじゃないかな」
 キマジメくんは妙に合点がいった。なるほど、確かにシンジツ兄弟とは違う。一信徒と、同期の仲間の息子とでは、同じように扱えという方が無理かもしれない。
 何となく、不公平な気がした。けれど神に特別に仕える牧師の立場は、やはり一般人とは違うのだろう、とキマジメくんは思うことにした。(続く)

――――――――――――――――――――――――――――――――
・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 

0 件のコメント:

コメントを投稿