2014年10月20日月曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第44話

 タタカイ兄弟が一通り怒られた後、ミーティングは再開された。眉間にシワを寄せ、黙ってうつむくタタカイ兄弟に、あえて話しかける者はいなかった。兄弟はキマジメくんの隣に座ったけれど、キマジメくんもまた、何と声をかけるべきか、わからなかった。
 
 ミーティングは伝道集会についてだったけれど、さっそく溝田牧師の話が長く続いた。今回の集会の必要性に始まり、それに関する「御心」が聖書から何ヵ所も挙げられ、また過去の集会にどんな「霊的」意味があったか、今回の集会にどんな意味があるのか、はたまた牧師個人が今どんなことを「語られて」いるか、自分がどんな「霊的生活」を送っていて、クリスチャンはどんな「霊的生活」を送るべきか、ついでに自分の中学生の娘がどれだけ「霊的に敏感」か、そう言えば最近こんなことがあって、これにはコレコレという「霊的」意味があるんだとか、そういう話にまで及んだ。
 
 その間、皆真剣にメモを取っていた。話が中学生の娘さんの「霊的敏感さ」に至った時、これもメモすべきなのかとキマジメくんは思った。けれど何気なく見回してみると、皆一生懸命書いている。ただタタカイ兄弟だけは、ペンが止まっていた。
 キマジメくんはどうしてもメモする必要性を感じなかった。だからその間、今まで書いてきたメモを見返すことにした。
 
 そんなこんなで牧師の話が終わったのは、午後1時を回ってからだった。ミーティングが始まって既に3時間近く経っている。「ちょっとお腹が空いたかな」という牧師の一言で、ランチ休憩をとることになった。心なしか、皆の顔が和んだ。
 
 皆で近所のファミリーレストランに向かう。席に着くと牧師が言う。「このミーティングも神への奉仕だから、会計は私が持つよ。みんな、好きなもの頼んで」
 それで皆がワイワイしだした時、溝田牧師がサトリコ姉妹に耳打ちするのを、たまたまキマジメくんは見た。何と言ったのか、わからなかった。けれど会計についての何かだと直感した。サトリコ姉妹はやや思案げな色を浮かべつつ、何度か頷いた。
 
 食後のデザートが振る舞われている最中も、牧師の話は続いた。今アメリカとかイスラエルとか、中国とか韓国とか台湾とかで、どんな「神の御業」がなされているのか、滔々と語るのである。
「海外ではね、より顕著に神の業が現れているんだよ。悪霊の砦と呼ばれていた地域が解放され、人々は毎日列をなして教会にやってくる。癒しが起こる。奇跡が起こる。地域によっては、死人だってよみがえっている。日本だけだよ、こんな荒野みたいなところは。まさに霊的荒野と呼ぶにふさわしい」
 どうやら溝田牧師には、海外に太いパイプがあるようだった。そう言えば何度か、電話で英語で話しているのを聞いたことがある。海外のゲストを招き、特別集会と銘打った礼拝をすることも少なくない。
 確かに、アメリカとか韓国とかは教会が多く、クリスチャンも沢山いて、何やらすごいことが起こっていそうだ。溝田牧師はよく海外研修にも行くから、そういうのを目の当たりにしているのだろう。世界規模の視点でキリスト教世界を見ているからこその発言だ、とキマジメくんは思った。
 
 デザートが終わり、手持ち無沙汰になった。溝田牧師は、サトリコ姉妹と、もう1人の姉妹と談笑している。時計は既に午後3時を回った。他の兄弟たちはどことなくソワソワしている。タタカイ兄弟は終始無言で、ろくに食べず、うつむいたままである。
 牧師が一際大きな声で話し出した。「いやあ、あの先生には久しぶりに大笑いしたよ。だってさあ・・・」
 よくわからなかったけれど、どうやらどこかの教会の牧師先生のことを言っているようだ。サトリコ姉妹ももう1人の姉妹も、声をあげて笑っている。
 その時、タタカイ兄弟が立ち上がった。「溝田先生」
 兄弟の大きな声が響き、牧師は笑ったまま言う。「どうした? タタカイ兄弟」
 タタカイ兄弟は早口に言った。「今こうしている間にも、救われるはずの魂がいるんじゃないんですか? 遅れちゃまずいんですよね? ミーティングしなくていいんですか?」
 とたん、牧師の顔から笑みが消えた。姉妹方もその場で凍りついた。兄弟たちも同様である。タタカイ兄弟は「失礼ます」とだけ言うと、そのまま席を離れて歩き出した。(続く)
  
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・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
・この小説は不定期連載です。
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5 件のコメント:

  1. アメリカのサドルバック教会ってご存知ですか?
    ここの手法を取り入れようとしている教会が多いようですが、いかがなものでしょうか。

    http://ja.m.wikipedia.org/wiki/サドルバック教会

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  2. サドルバック教会への疑問が別府不老町教会の牧師エッセイに書かれています。

    確かに地域の人たちのニーズをちゃんと調査することは決して悪いことではないと思うのです。これはいい方向にいけば本当にいい教会が誕生します。
    しかし困ったことに、日本の国でこの教会の手法を取り入れてやっていこうというのは、大教会フォーラムという団体に属する、大規模の新興宗教の教祖たちで、もちろん献金はしっかり収入の一割をしろといいます。
    池田大作っぽいオーラを放ち、いかにも新興宗教の教祖然としたリック・ウォレン教祖が、はたして什一献金を信者にさせているのかどうかは知りませんが、この手法で人を集めて什一献金をさせたら、たぶん大儲けできるでしょう。それだけは確かです。

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  3. 信徒が爆発的に増えた!が売りのサイドバック教会ですね。
    日本でも東京バプテスト教会が急成長したとか。伝道セミナーも有料で開かれていて、かつてのムーブメントの様相。信徒訓練なんていらぬお節介としか思えないのですが、牧師さん達からしたら、大きいことはいい事だなのでしょか?純真な人たちほど引っかからないように祈ります。

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  4. サイドバックでなくサドルバック教会に訂正します。

    リック ウォレン牧師の本を読んだ感想をAmazonより抜粋。やはり、十分の一献金を説いていますね。いや、商売してますね。

    「クリスチャンの4つの基本的な週間(聖書を読むこと・祈ること・十分の一献金をすること・他のクリスチャンと交わること)のスキルとツールを提供することが目的という、まるでビジネスのマニュアル本のようなスタイルをとりながら、「こうでなければいけない/ああでなければいけない」といった決めつけから自由にしてくれるすてきな本。」

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    1. 什一献金をすることが基本的な習慣になっているのですか。それならただの金儲け主義の商売でしかありませんね。これではキリストや十字架を利用して営利事業をやっているだけではありませんか。
      しかし大量の人を集めて「収入の一割をしろ!」というのですから大儲けできて大富豪になれるはずですよ。うらやましいくらいです。それなら宗教法人ではなく営利法人として登記し、リック・ウォレン教祖は代表取締役社長という肩書を名刺に刷るのが筋というものではないでしょうか。
      この教祖の本が「こうでなければいけない/ああでなければいけないといった決めつけから自由にしてくれる素敵な本」と評価されているのは、悪い冗談としか言いようがないと思いますね。それなら○○でなければいけないという決めつけの筆頭にあげられるのが、「十分の一献金をすること」ではありませんか。本当に素晴らしい本ならまず什一献金がいかにバカげた習慣かを書けるはずなのです。
      この教祖をお手本とし、サドルバック教会のようでありたいと考えている、頭のいかれた教祖さまたちが、全員繁栄の神学大好き人間の大教会フォーラムの構成員だというのは、これでよーくわかりましたよ。

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