2014年8月31日日曜日

【解説】キマジメくんのクリスチャン生活・什一献金篇

「キマジメくんのクリスチャン生活」第9~10話の解説。
 本文はこちらから。
→第9話
→第10話

 これは、キマジメくんが「強制的な什一献金」のエジキとなるエピソードである。

 什一献金は基本、その教会の教会員(正会員とかメンバーとか、呼び方はいろいろある)に課せられる献金だ。その毎月の収入の十分の一を、端数切り上げで、教会員である限り終生払い続けるという制度である(什一献金に対する私の考え方はすでにシリーズで書いているので、そちらを参照していただきたい)。

 まだ教会員でなかったキマジメくんはこれを免れていたけれど、ついに牧師から声がかかる。そしてその少し前から、いつも厳しい牧師が急に優しさを見せたり、多くの「預言」をキマジメくん個人に集中砲火させたりしている。つまり抵抗感のあるカネの話をすんなり受け入れさせるための、計画段取りが牧師にあるのである。それは牧師に言わせれば「牧会的配慮」となるかもしれないけれど、要は同じことだ。いやらしい、そして見え見えな心理作戦である(そこまでする牧師は少ないだろうけれど)。

 しかしそこまでしなくても、ほとんどの信徒は、この什一献金を断れない。何故ならすでに牧師や信徒らと関係ができていて、特に牧師にはお世話になることも多く、教会内に自分の居場所もできていて、その上で聖書を通して「神の命令だ。従わなければならない」と言われるからだ。就職して何ヶ月か経ち、だいぶ慣れて居心地が良くなったあたりで、会社からちょっと理不尽なことを言われても黙って聞かなければならないのと同じだ。完全な後出しジャンケンである。

 だから言われた方は、「これが聖書的なんだ」と納得する(させる)他ない。そして重い負担を負っていくのである。
 もちろんそこには幾ばくかの希望がある。それは、「什一を捧げれば神様からそれ以上の祝福を受けられる」という希望だ。簡単に言うと、出したカネが倍になって戻ってくる、みたいな話だ。しかし、その動機が中心となっている時点で、それはすでに献金ではない。それはどちらかとういと投資に近い。
 また、金銭面の話でなくても、(何らかの形で)祝福されたいから献金する、というのはご利益主義だ。
 くわえてこのキマジメくんのケースで言うと、「神のものを盗んでいる」と脅されている訳で、「返さないとのろわれる」的なメッセージが暗に発せられている。まるで映画「レイダース」の冒頭、インディ・ジョーンズが秘宝を手に取ると、罠が発動して殺されそうになるのと同じだ。

 さらにおかしいのは、「クリスチャンになった頃に遡って返さなければならない」というくだりだ。キマジメくんで言えば、クリスチャンになった1年前に遡って「返済」しなければならないことになる。しかし上記の「神のものを盗んでいる」の理屈に従えば、生まれた頃に遡って返さなければならないはずだ。学生時代の毎月の小遣いとか、祖父母からもらった臨時収入とか、お年玉とか、バイトの給料とか、そういう細かいものを全て洗い出してきれいに清算しなければ、祝福どころか「のろい」がもたらされるはずだ。そしてそれは現実的には不可能なので、多くのクリスチャンがすでに「のろい」を受けている、という話にもなる。

 これに関連する実話で、什一献金は捧げていたけれど、税引き後の給料から十分の一を捧げていた人が、それは違うと指摘されたケースがある。「初物の十分の一」という話が持ち出されて、税金等が引かれる前の総収入で十分の一を計算しなければなりません、と言われたそうだ。
 けれどそこには社会保障費として払うことが前提(あるいは義務)となっている項目がある。日本人である限り、そして一定の収入がある限り、払わないという選択肢はない。所得税などの税金も同じだ。そしてそれは什一献金が言われた頃のユダヤ社会の税制にはなかった項目なのだから、現在の日本と同列に「十分の一」を考えることは、そもそもできない。

 と、いうことを考慮していないのか、あるいは知っていて黙っているのか知らないが、什一献金推進派は上記のような論理を主張する。そして「税制よりも神を第一にすべきだ」と言って議論を煙に巻くのである。

 キマジメくんからその話を聞き、異を唱えたのがシンジツ兄弟である。彼がその件で牧師に疑問を投げかけた結果どうなったかは、第11話以降に書かれている。その点はまた別の機会に解説したい。

2 件のコメント:

  1. 十分の一「献金」という事自体が、聖書的ではないのです。
    いかにキリスト教のお偉いさんが聖書から、と説明しようが、これは完全に神の怒りに触れる所業です。断言します。完全にこれは「商売」であり、ご都合主義です。
    曰く
    ※返さないとのろわれる
    ※クリスチャンになった頃に遡って返さなければならない
    ※税金等が引かれる前の総収入で十分の一を計算しなければなりません
    ※税制よりも神を第一にすべきだ
    等と言っている者達は、拝金主義者であり、完全に偶像礼拝者であり、宗教経営者です。
    馬鹿です。
    聖書と言う書物を、限られた底本制定・翻訳のつたない文書から、前後・文脈の通りに読んで、且つ、歴史・国家・制度・時代等を考慮して、最大限譲歩して読んだとしても、この「十分の一献金」等と言う物は、成立しません。
    にも拘らず、多くのキリスト教の福音派・聖霊派系統の信者が、今日も明日もお金を投げ捨てている。いや、どうしようもない人間どもに「寄進・寄付」をしている。
    神社にお賽銭を投げた方が、よっぽど救われます!
    教会なんて、お金だけでないでしょう。時間・肉体さえも提供している。「奉仕」と言う名目で、この大変な時代に、馬鹿です。
    人生、何もしなくても食べて・飲んで・排泄して・SEXして、余裕のよっちゃンである「暇人」にしかこんな芸当は出来ません!
    それによって、馬鹿なキリスト教指導者共が、のうのうと生きている!
    いい加減目を覚ましなさい!

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  2. 野田様
    「なんでもわかるキリスト教大辞典」おもしろそうですね。こんど書店で見てみます。情報ありがとうございました。

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