2014年8月30日土曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第40話

「異言」がとめどなく溢れ出る。キマジメくんは講壇の前をゆっくり歩き回りながら、「異言の祈り」を続ける。どんどん声が大きくなり、祈れば祈るほど、気持ちが大胆になっていく。万能感、いや、これは主にある万能感だ、とキマジメくんは思った。
「異言」は自分自身には意味がわからなくても、霊において主と交わっているから、長く祈れば祈るほど、主との交わりが深くなる、と聞いたことがある。なるほど、これならいくらでも祈れそうだ。普通の言葉で祈る(「知性の祈り」と呼ぶ)のは限度があるけれど、「異言の祈り」なら限度がない。第二テサロニケ5章の「絶えず祈りなさい」という命令も、これなら達成できそうだ。
 それに、「異言」は全ての霊的賜物の土台だとも聞いたことがある。預言や癒しや奇跡の賜物が、この「異言」を土台としているなら、祈らない手はない。

 そんなことを考えながら、キマジメくんは祈り続けた。とても気分が良かった。ペンテコステの日に、ペテロが聖霊を受けて力強く語り出したというのが、リアリティをもって感じられた。ペテロはあの日以来すっかり変わり、神の証人として力強く生きたいう。自分もこの日を境に、そのように変わっていくのだろうか。そうと思うと楽しくなってきた。
 その時、会堂のドアが開いた。かまわず祈り続けていると、誰かが近づいてくる。その人物はキマジメくんの背後まで来て、肩に手を置いた。「キマジメくん、ついにやったね」
 溝田牧師だった。キマジメくんは「異言」をやめた。
「キマジメくん、まさかこういう形で異言が与えられるとはね。驚いたよ」牧師は笑顔で言う。「しかし、神様は不思議をなさるお方。どう導かれるかは人それぞれ、ということだな」
「はい」
 牧師はさらに続ける。「今、キマジメくんの異言を聞いていたらね、君のために按手して祈るように主から語られたんだよ。だから、祈っていいかな?」
「はい、ぜひ」
 牧師はゆっくりと、キマジメくんの額に手を置いた。熱い手だった。そして「オォォ・・・」と深く嘆息した。続いて「異言」を始めた。「オォォ・・・シャバラバラバラ・・・」
 キマジメくんの背筋が痺れ、体中が震えた。何かただならぬことが起こっているようだった。やはり、霊的権威者の「異言」の祈りには大きな力があるのだ。さっき「異言」を語り出したばかりの自分とは、全然格というか、次元が違う。そう思った。
 しばらく祈られた後、牧師はまた深く嘆息して、キマジメくんの額を何度か強く押した。「うん・・・、今、主が語られる。エリヤがエリシャに油注ぎを継承したように、オォォ・・・、今、この兄弟に私の油注ぎを注ぎます・・・」牧師はさらに強く額を押す。キマジメくんは立っているのがやっとだった。
「私の注ぐ油注ぎは、道のないところに道を開く、大胆さと力強さです。今、受けよ! 今、受けよ!」
 そしてグッ、グッ、っとキマジメくんを強く押す。さすがに立っていられなくなって、キマジメくんは後ろに倒れかかった。あやうく膝をついた。けれどさらに牧師に押され、もう背中から倒れるしかなかった。
「今、受けよ!」
 キマジメくんが床に倒れると同時に牧師がそう叫び、祈りは終わった。牧師は「ハレルヤ」「アーメン」と何度か小声でささやきながら、前列の椅子に座った。
 キマジメくんは全身が痺れていて、すぐには動けそうになかった。天井をしばらく眺めていた。
 牧師から声がかかった。「キマジメくん、今した祈りは、油注ぎの分与の祈りだよ。エリヤがエリシャにしたのと同じだ。君は私の油注ぎを分与されたから、今後、この油注ぎを発現していくようになるだろう。その頃、君は神の為に力強く働く働き人になっているはずだ。だから今から、そのための準備を始めなさい」
「はい」
 キマジメくんはそう返事をしたものの、「準備」というのが具体的に何を指すのか、よくわからなかった。「異言」の祈りのことだろうか。けれどこの場でそれを尋ねるのも憚られた。また今度、別の機会に聞けばいいだろうと、キマジメくんは思った。(続く)


1 件のコメント:

  1. 聖霊の体験を重視するところは、異言の発声のことは大々的に評価するのに、解読のことはなぜか言わないんですね。
    そりゃ異言に文法書があるわけではないから、解読者が何を言っても確認の術はないのだけど、まさかの「悪魔つき」だったらどうするのでしょうかね。悪魔も「エクソシスト」のようなことばかりするわけではないでしょうから。

    怪力乱神を語らず、というのは論語の言葉だけど、通常でない体験の解明は「ムー」にでもまかせて、信徒の生活のなかでの一般化はさせないほうがいいのかもしれません。

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