2014年6月16日月曜日

キマジメくんのクリスチャン生活 第34話

 鮨屋からまっすぐ家に帰った。キマジメくんは鞄を置くと、一つ溜め息をついた。無意識だった。そして次の瞬間、自分が溜め息をついたことに気づき、慌てて祈った。「いつも喜んでいなさい、とあります。神様、溜め息をついたことを許して下さい」
 それは溝田牧師から常々言われていることだった。「溜め息が何を表すかわかるかい?」と牧師はふんぞり返って言った。「不平不満、そして不幸だよ。だからクリスチャンは溜め息などついてはいけない。もし溜め息をついたなら、その場で悔い改めなさい。でないと祝福を失うことになる」
 気を取り直して机に向かう。そして受話器を取った。すぐに実家の母が出た。
「どうしたの。珍しいじゃない」
「ちょっとね」
 母とのどうでもいい会話がしばらく続く。ちゃんと食べてるのか、寝てるのか、寝坊してないのか、お金はあるのか、等々。子供じゃないんだからと思う。そうこうしているうちに、大学の話になった。チャンスだ。キマジメくんは母の言葉をさえぎって言った。「あのさ、大学なんだけど」
「何?」
 母の口調が変わる。キマジメくんは一瞬躊躇した後言う。「辞めようと思うんだ」
「はあ?! 何言ってんの?」
「何って文字通りだよ。中退しようと思うんだ」
 母はしばらく沈黙する。といっても数秒だったはずだ。ずいぶん長く感じられた。
「なんでまた?」
「いや、働こうと思って」
「働く? 就職なら卒業してからでいいじゃない。なんで急ぐの?」
「それは、えっと、教会に行ってるんだ」
「教会って、教会?」
「そう」
「キリスト教の?」
「そう」
「じゃあ何かい、学校辞めて教会で働こうってことかい?」
「うん、まあそうなる」
 母は長く唸る。これもまたずいぶん長く感じた。「やっぱりよくわからないんだけど、なんで今すぐ大学を辞めなきゃならないの?」
「そりゃ」世界が終末を迎えるからだよ、と言いかけたが、やめた。どうせ信じてもらえないだろう。『これは特別な啓示だから一般人には理解できない』と溝田先生が言っていたのを思い出す。終末が近いのは本当なのに、聖霊様に目が開かれていない人には、愚かなことにしか思えない、と。両親とて、それは例外ではないのだ。
「時間がないからだよ」
「何の時間?」
「今すぐやりたいことがあるんだ」
「どんなこと?」
「そりゃ、教会の仕事だよ」
 また母が唸る。キマジメくんは受話器を置きたくなった。母は続けた。
「どうしてもわからないんだけどね、その教会の仕事ってのは、学生が、今すぐ学校を辞めてまでしなきゃいけないことなの? そんなに教会は人手不足なの?」
「人手の問題じゃないけど」
「じゃあどういう問題?」
「あの、うまく言えないけど、いろいろ事情があるんだよ」
「ああそう・・・」母がまた沈黙した。どう考えても納得していない。キマジメくんは心の中で神様に祈った。どうか母の心を変えて下さい、真理に開かれるようにして下さい、と。
 しばらく待つと、母がまた言った。
「キマジメ、とりあえずさ、一回帰ってきなさい。しばらく顔見せてないんだから、たまにはいいでしょ。お父さんも心配してるし。帰ってきて、ゆっくり話聞かせてよ。決めるのはそれからでもいいでしょう」
「う、うん・・・」
 キマジメくんは不承不承返事をした。それからまた何か言われたけれど、頭に入ってこなかった。カレンダーを見ていた。帰るとしたらいつがいいだろうか。
 その時気づいたのは、日曜の礼拝をはじめ、ほとんど毎日教会に行っているということだった。祈り会やら奉仕やら、休めないものばかりだ。これを休んで実家に帰るなど、溝田牧師に言えるだろうか。言うのは言えるだろうけれど、何を言われるかわからない。「電話で済む用件だろう。もう子供じゃないんだから」とか言われそうな気がする。
 そういうことを考えていたら、とても母の話を聞ける気分でなくなった。母はまだ何か言っていたけれど、キマジメくんは無理矢理遮って「じゃあまた」と電話を切った。
 受話器を置いて部屋に静寂が戻ると、キマジメくんはまた溜め息をついていた。しかし次の瞬間それに気づいて、また悔い改めの祈りをした。(続く)

――――――――――――――――――――――――――――――――
・この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。

・この小説は不定期連載です。
――――――――――――――――――――――――――――――――

1 件のコメント:

  1. 教祖の終末詐欺にまんまとひっかかって人生をだめにする学生は多いね。
    終末や再臨や携挙が近いといいながら、わが子を高校にやったり結婚させたり、年金はかけているし、預貯金も定期にしているし、財産を長期の国債で運用しているよ。きまじめくんが学校をやめるといっているのに、教祖様のお子様は学業をお続けあそばす。もしわが子が「お父さん、終末が近いんだろ?なら僕学校をやめるよ。結婚もしないよ」といったら猛反対する教祖様。

    返信削除